紙芝居

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 その事を聞いて警察官は驚いた。その日、紙芝居の内容は海外の名作『レ・ミゼラブル(日本名『ああ無情』)』だったのだ。これは、単なる偶然なのだろうか。しかし、その紙芝居を見て、窃盗犯が心を改めた。その事件がまた紙芝居の評価を上げ、多くの人を男の紙芝居へと引き寄せた。  それから、数十年、おそらく日本でも、いや世界でも男の名を知らぬ者はいなかった。何をやっているのか分からずとも、名前を聞けば思い出す。それほどまでに、男の名声は世界に知れ渡っていた。そんな男も年老いてゆき、さすがに限界を感じていた。技術としての限界ではない。技術は年季が入り今でも進歩し続けている。彼が感じた限界。それは、自分の命の限界であった。もうすぐ、自分は死ぬ。そう男は感じていた。だが、恐いとは思わなかった。自分のやるべきことはやってきた。それだけで、男は満足だったのだ。  男は今日の紙芝居を最後にするつもりで、弱くなった足腰を立たせて、いつものように古くなったトランクケースを片手に公園へと向かった。  公園ではいつものように男の紙芝居を待っている人達がいた。前回の紙芝居で、辞めることを男が言ったせいか、人々の中には横断幕を持っているのもいた。横断幕には{やめないでください}と書かれている。だが、男はこれが最後の紙芝居のつもりでいた。  男の最後の紙芝居は生涯、温め続けてきた彼の創作であった。最後の紙芝居ということだけあって、紙人形達にはいつも以上の躍動感が溢れていた。紙人形とは思えない、繊細かつ大胆な動きに人々は魅入った。それだけではない。時折、見せる主人公達の葛藤、苦しみ、涙。紙人形達の表情は変わらずとも、人々の目には表情が変わっているように映った。人々は感動して涙を流し初めていた。
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