Prologue

2/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
まだ、覚えている。 真っ白いきれいな花たちに囲まれて、安らかに眠る彼女の姿を。 そんな真っ白な世界を汚すように刻まれたあの傷たちを。 彼女は自殺した。 俺は何にも出来なかった。 ただ、棺の中で眠る穂香を見つめることしか出来なくて。 穂香が好きだったユリの花だけが、彼女を優しく包み込んで、彼女とともに天国へ旅立っていった。 火葬場の外で俺は涙も流さずに、ただただ鉛色の空を仰いで、しとしとと降る雨に打たれていた。 こんな俺にも雨だけは優しく降り注いでくれて。 彼女の死で傷んだ心にじんわりと優しく沁み渡った。 だけど、そんな俺にも容赦なく崩壊はその切っ先を突き立てて迫り来る。 「お前が殺したんだ」 冷たい声が、にぶく心に刺さる。 振り返えると、同じく雨に濡れた穂香の兄である綿野 光が真っ黒い殺気を纏って俺を睨み付けていた。 何言ってんだ。 あんただって そう言いかけてすぐに口を噤む。 「俺はお前を許さないぞ」 ドスの利いた声が胸を切り裂く。 「お前が、死ねばよかったんだ」 なんだよそれ、あんただって穂香のこと、追い詰めてたじゃねーか。 声にならない言の葉は壊れかけの胸の中に虚しく吸い込まれて消えて行く。 「穂香はお前の所為で死んだ」 再び向けられた容赦ない言葉に、ギシギシとおかしな音を立てて軋みだす心。 あぁ…だめだ… そう思ったころには、もうすでに崩壊ははじまってしまっていた。 さよなら。 昨日までの自分に別れを告げる。 やってきたのは、壊れた新しい自分だった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!