序章

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やけに、虫が多い夜だった。 霜月も始まって数日。 街灯も無い森の中を、少し冷えた空気に当たりながら、中年の男が少しおぼつかない足取りで歩いている。 「なーんだか虫がうるせぇなぁ、もうじき冬にもなるってぇに」 事実、低い羽音や鈴虫のような鳴き声がそこらから聞こえてくる。それも、かなりの数と大きさだ。 秋の鳴く虫もいなくなっているはずの時期だ。 いくら人間の業のおかげで環境が変わっていくとしても、ここまで騒がしい夜も久しい。 初冬の冷たい空気と静かな道が、そしてそのしいんとした中で独り言を言うのが好きだった男には、間が悪かったようだ。
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