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鉄鋼業をしている私のお父さんは、いつも夜遅くに真っ黒に汚れた姿でひっそりと家に帰ってきて、冷めた夕食をたいらげ風呂に入り、それから倒れるように寝てしまう。
私が起きても既にお父さんとお父さんの作業着の姿はない。
お父さんはあまり家族と言葉を交わさない人だった。
そんなお父さんでも職場で何か良いことでもあると、上機嫌で帰ってきて休みなく幾つもの言葉を口から飛び出させる。
それがどんなに遅い時間であっても私が熟睡していても、お父さんは私の体を揺さぶりながら「おい、おい、お前知ってるか、おい」と起こしてくるのである。
私は眠い目をこする。「うんうんわかった、へえーすごいねお父さん」私はどんなに眠くてもお父さんの機嫌を壊さないように考慮している。
2つ下の弟がいる。
普段は何も言わないお父さんでも、機嫌が良いと私たちを横に並べて「いいか、昔こう言った者がいる」と始めてから「わかったか、だからいま大切なことは勉強だ、お前ら勉強しろよ」と決まって口調を強める。
お父さんは残された過去の偉人たちの言葉をいかにも自分の言葉かのように取り入れ、得意げにしているのである。
私たちは互いに目配せながら、お父さんに気づかれないようにこっそり苦笑いなんかをしている。
「お前この前のテストなんかとびきり点が悪かったじゃないか、どうしたんだ」
お父さんが弟の方を見つめると、反射的に弟は首をすくめる。
「だってそれは、でも平均も低いし、だってだって」
最後の方は声が聞こえなくなる。ずらりと並んだ言い訳にお父さんはハアとため息をついて「お前は馬鹿か」と怒鳴った。
「平均なんて関係あるか、周りと一緒でいいのか。お前だってそうだ、最近勉強してないな」
そう言いながら私の方を見て声を荒げた。
私が何も言わずに黙っていると、
「何か言ったらどうなんだ」
お父さんがピシャリと言った。
「家でゴロゴロしてる時間は将来の為に役立てろ」
そう言って勉強の出来ない我々姉弟を叱りつけるのである。
上機嫌になるとうるさくなるが、普段は静かで接触もないので私たちは時々くらうお父さんの小言に我慢していた。
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