第4話 お父さん

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 あるべき物が、あるべき場所に存在するのは、とても嬉しい。  「みく~、どこ行くの~?」  でっかい荷物を運びながら、たかちゃんが遠くで泣き声をあげている。  「もう少し~」  「さっきもそう言った~!」  「実はここ~」  「さっきもそう言った~!!」  どっせい、と凄いかけ声で、たかちゃんは白い布に包まれたキャンバスを地面に置く。  「……もう少し丁寧に扱ってよ」  「自分でもて!」  「じゃあ、帽子とばされたらとってきてね♪」  「それは……もう疲れた」  すでに経験則として、彼女は溜息をつく。  両方持てとは言わないところが、とても、らしい。  絵を持って、小さなひまわり畑に降りて、わたしは大きく深呼吸した。  たかちゃんは、それを丘の上で見ている。  「何しにきたの?」  「……確かめようと思ってね」  ひまわりを見上げて、わたしは頷く。  「……お父さんの絵は、死んだ人間のためじゃなくて、生きてる人のために描かれているんだって」  小さく、自分に言い聞かせるように呟く。  お母さんの絵だって、わたしに笑っていろと語りかけてきたんだから。  布をとく。  徐々に露わになる絵を見て、たかちゃんが駆け寄ってきた。  「わ、すごい!!」  「何を感じる? 正直に、思ったまま」  「きれい……それに、生きてる」  彼女は、ほぅ、とため息をつく。  良かった。  この絵をみれば、みんな、本当のお父さんを理解するだろう。  最後には。  わたしのように。  直也くんのように。  白い布は、遥か遠くに流されていく。  まるで天使の羽衣のように。  絵を見つめて、背伸びして、帽子をひまわりにかぶせた。  「……確かめたかったんだ……ずっと」  『今、この文章を書いている手も震えている。ぎこちなくて、汚い字が暗号みたいに並んでいる』    『実は、こんなものを書き残さなくても、わたしはこの夏の出来事をつぶさに思い出すことができます』   『今でもたまに、この夏の夜を夢みます』  『とても大切な人を手に入れて、とても大切な人を失った夏休みの夢を……』  『いつか、子供達に語って聞かせられればと思う』  『どこまでも果てのないひまわり畑』  『おっきな白い入道雲』    『塗り込められた風は、少し潮の香りを含んでいる』  『この夏休みが、ずっと続けばいいのに……』  
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