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「……紛らわしい」
痛む抱えながら、先輩の書いた分厚い髪の束をようやく読み切った。
「……まるで僕が死んだみたいだ」
「事実は小説よりも奇なり、っていうでしょ?」
「死人に口なし、じゃないですか?」
渇きを覚える喉を押さえる。
「感想それだけ!?」
「……この先生に泣き添うシーンから、ひまわり畑のシーンまでの間はどこです?」
内容もそうだし、あきらかにページが抜けているのだ。
先輩はクスクスと笑うだけで、答えてくれない。
「他には?」
「字が汚い」
「それは仕方ない。名誉の負傷」
包帯の巻かれた手をつきつめて、彼女は微笑む。
バスが走り去っていった。
「……痛い」
ようやく身を折れる。
「あのね……痛いに決まってるでしょうが。傷口開いたって知らないよ?」
「……」
ちらり、と先輩の顔を見上げる。
なに、と訴える怒りの表情に、少し赤みがさす。
軽く、口づけをする。
「ばか」
「ばか」
先輩の言葉を先に言って、笑――おうとして、酷い激痛にうずくまる。
「大ばか」
とどめを刺された。
「……ちっ」
誰ともなく舌打ちして、とりあえず立ち上がる。
多分、自分にであろう。
あまりにも痛がっていると、脱走したのがばれてしまう。
「で、いいの?」
「え、なんです?」
「あの子のこと……」
先輩の呟きに僕は、あぁ、と気のない返事をした。
「あまり触れ回らないでくださいね。料理中にゴキブリに驚いて包丁を腹に刺したなんて、冗談にもなりなせんから」
「……」
先輩とにらめっこする。
……負けたら死ぬような気がした。
「……ま、いいけど。そこが味だし」
「隠し味です」
彼女は困ったような、複雑な笑みを浮かべる。
「で、わたしにどうしても見せたいモノがあるって、なに?」
唇だけ歪ませて、僕は歩き始めた。
「え……あぁ、27日ですか。ずっと先生の絵を手伝ってましたよ」
「あぁ、そうか……」
空白の部分を埋めるように、お互いの足取りを一つずつ語ってゆく。
あの貴恵という子と、妹のせいで、先輩とは落ち着いて話す機会が今までなかったのだ。
「先生はほとんど絵を描ける状態じゃなくて。しかも、視力も、落ちてたらしく、今の先輩もほとんど見れなかったので、困ってたんですよ」
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