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血が頭に上り、右手が彼の横面に伸びる――。
――ガチッ!
手が、上がらなかった。
いや、上ろうとした手が、何かに押えつけられていた。
少年が眉をしかめて、わたしの右手を見ていた。
見ると、包丁が、手のひらから生えている。
でも、
今、
確かに、
刃物とアスファルトがぶつかる固い音がしたような気が……。
――思考はそこまでだった。
「――ぁ!」
熱ではなく、猛烈な痛みに、雷でも落ちたかのように視界が白く染まった。
手を貫通する痛みは、本当にプラスとマイナスの電極を通したようで、痛みを通り越した痺れを、頭の芯に無理矢理ねじ込んでくる。
「――ぅ――んん!!」
痛みを口から外に逃がそうとするのに、少年の手がそれを塞いだ。
悔しさを痛みに、涙が溢れてきた。
何度も視界がはじけた。
ガチン、とおかしな音がする。
唐突に視界が晴れて、涙で滲んだお月様が目に入った。
「――は」
いつのまにか口からも手が離れていて、わたしは大きく息を吸った。
夏の夜の脆弱な冷気が、喉を通って全身に行き渡る。
黒い人影が、また戻ってくる。
首の後ろにそっと手を差し入れられ、抱えあげられる。
そのやさしさに、なぜか安堵の息が漏れようとしたのに、突然、手を思い切り押さえ込まれた。
「あ……くっ……っ~~~!」
血がぬけて、体温が落ちたのか、寒い。
頭の芯をえぐるような激痛に、息がつまった。
「……痛い?」
覗き込んだぼやけた顔を、左手で思い切り張り飛ばす。
「イタ――痛いに決まってるでしょ!」
「……手を貫かれて、それだけ騒げれば充分だ」
「ふざけ、ないでよっ!」
思い切り声がでた。
今度はグゥで顔を叩く。
涙が溢れてきて、視界が曇ろうとするのを、必死に堪える。
見下ろす表情は、唇から血が垂れているのに、冷たいままだった。
「どうすればいいかな?」
「本当に……どれだけ……痛いか……」
ズキズキと心臓が痛んだ。
そっ、と彼の顔が降りてくる。
間近に迫り、相手の顔がはっきりと見えた。
「……え?」
自分の表情が、怖いくらい崩れるのが分かる。
痛みが一瞬で消える。
唇に淡い感触を残して、彼の顔が離れていた。
「――大バカ直也くんッ!」
「なんです? それより普通、大バカと言いつつクンつけます?」
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