第4話 お父さん

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 血が頭に上り、右手が彼の横面に伸びる――。  ――ガチッ!  手が、上がらなかった。 いや、上ろうとした手が、何かに押えつけられていた。  少年が眉をしかめて、わたしの右手を見ていた。  見ると、包丁が、手のひらから生えている。  でも、  今、  確かに、  刃物とアスファルトがぶつかる固い音がしたような気が……。  ――思考はそこまでだった。  「――ぁ!」  熱ではなく、猛烈な痛みに、雷でも落ちたかのように視界が白く染まった。  手を貫通する痛みは、本当にプラスとマイナスの電極を通したようで、痛みを通り越した痺れを、頭の芯に無理矢理ねじ込んでくる。  「――ぅ――んん!!」  痛みを口から外に逃がそうとするのに、少年の手がそれを塞いだ。  悔しさを痛みに、涙が溢れてきた。  何度も視界がはじけた。  ガチン、とおかしな音がする。  唐突に視界が晴れて、涙で滲んだお月様が目に入った。  「――は」  いつのまにか口からも手が離れていて、わたしは大きく息を吸った。  夏の夜の脆弱な冷気が、喉を通って全身に行き渡る。  黒い人影が、また戻ってくる。  首の後ろにそっと手を差し入れられ、抱えあげられる。  そのやさしさに、なぜか安堵の息が漏れようとしたのに、突然、手を思い切り押さえ込まれた。  「あ……くっ……っ~~~!」  血がぬけて、体温が落ちたのか、寒い。  頭の芯をえぐるような激痛に、息がつまった。  「……痛い?」  覗き込んだぼやけた顔を、左手で思い切り張り飛ばす。  「イタ――痛いに決まってるでしょ!」  「……手を貫かれて、それだけ騒げれば充分だ」  「ふざけ、ないでよっ!」  思い切り声がでた。  今度はグゥで顔を叩く。  涙が溢れてきて、視界が曇ろうとするのを、必死に堪える。  見下ろす表情は、唇から血が垂れているのに、冷たいままだった。  「どうすればいいかな?」  「本当に……どれだけ……痛いか……」  ズキズキと心臓が痛んだ。  そっ、と彼の顔が降りてくる。  間近に迫り、相手の顔がはっきりと見えた。  「……え?」  自分の表情が、怖いくらい崩れるのが分かる。  痛みが一瞬で消える。  唇に淡い感触を残して、彼の顔が離れていた。  「――大バカ直也くんッ!」  「なんです? それより普通、大バカと言いつつクンつけます?」
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