第4話 お父さん

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 こんな時だって言うのに、彼は平然と聞きかえしてくる。  鈍くて殺してやりたかった。  もう一度キスして欲しい。  それだけ良いのに、この男ときたら――! 彼は、駅向こうのコンビニの袋を、大切そうに拾いあげていた。  その側面に血がついていて、見ると、件の少年は顔を押さえて地面に横たわっていた。  「っく!」  手首を押さえて、なんとか立ち上がる。  足の痛みは、よく分からない。  ……それより寒かった。  「とりあえず、傷に布を当てただけですから」  そう言った直也くんの上着は、袖が引きちぎられていた。  「生きて……うっ……良かった……」  「ええ……でもその前に、後かたづけをしなきゃ」  そう言って、彼は足下に転がっていた包丁を、伸びてきた別の手よりも速く、しかしゆっくりと拾いあげる。  「クソッ――ぐ!?」  直也くんは這い寄ってきた少年の頭を片手で押さえつけ、包丁を手放して、恐ろしい速さで空中で逆手に持ち替えた。  「――!」  枯れた井戸から吹く風のように、ヒュウ、という音が少年の口から漏れた。  「……たかが缶ジュースの入った袋で叩かれたぐらいで悶絶してるヤツが、刃物で刺される痛みに耐えられるかな?」  その横顔に、わたしは震えた。  本当に、あの目を向けられたら、わたしは生きてはいけないだろう。  全く色のない、黒い瞳が無機質に細められる。  「……美術家の手の価値を知ってるか?」  「あ」  少年は、顔の下半分を真っ赤にして、口を動かしていた。  「死ね」  「ダメ――ッ」  ・  ・  ・  ・  ・  今度こそ、辺りの家という家の窓が開く。  「もう……遅いですよ」  平然と直也くんは呟く。  「嘘よ!」  「嘘です」  そう言って、彼は、少年の顔紙一重に落ちている包丁を示した。  ……絶対に、本気だったと、思う。  「ばか……」  膝が崩れて、ペタンと地面にへたりこむ。  「ばかばかばかばかばかったら、このおおばか!」  「命の恩人」  彼は自分に顔を指さす。  わたしは缶ジュースを投げたが、左手で投げたそれは、全く見当違いの方向に飛んでいった。  「わ、わたしのために人なんて殺したら、本当に嫌いになってやるんだからっ!」  まるで痴話喧嘩みたいだった。  
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