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「嫌いになるわよ……ええ、ずっと、バカみたいに嫌いだって思いこんで、そのうち本当に嫌いになるんだからッ!」
「……できませんよ」
地面に突っ伏す少年から離れ、彼はわたしの前にしゃがみ込んだ。
「……でも、どうすればいいかな?」
「……キス、して」
彼は目を泳がせて、微笑んだ。
「……先輩、笑って下さい」
「? え、うん」
言われるまま、笑った。
直也くんの笑顔を見れたのだから、これは、笑い話でしかなかった。
「……うん。よかった……これで良い夢が見れそうだ」
「え?」
さしだされた直也くんの両手は、真っ赤に濡れていた。
わたしの頬に触れていた、その手を掴む。
それはずっと、わたしの血だと思っていたのに、どこか温かみが違った。
彼は、そのままキスせずに、わたしに寄りかかった。
「え? あれ?」
抱きしめて、彼の背中を叩く。
寝息とか、そんな風じゃなくて、どこか、不規則な息継ぎが耳元でつづいていた。
膝が濡れている。
重くのしかかる直也くんを肩で押し上げると、彼の腹部から流れた血で、膝がぼっとりと濡れていた。
「……」
彼の顔を見つめる。
「最初に助けようとした時……もう?」
「さやかッ!」
聞きなれた声に、緩慢に首を向けると、たかちゃんがこちらに走り寄ってくる。
「ば……か……」
「せんぱい?」
荒く息をして、彼女は不安げにこちらを見下ろす。
「……たかちゃん、このばか任せた」
返答を待たず、彼女に向かって直也くんを押し倒すと、わたしは全力で走り出した。
「ええ……急いでお願いします……サイレンはいりませんから」
受話器をおいて、溜息をつくと、わたしはその場にへたりこんだ。
サイレンの音なんて聞いたら、頭がどうにかしてしまいそうだった。
気が付くと、床とか電話とか、開けっ放しのドアも、なにもかもが血だらけだった。
「そうか……わたしも、手を怪我してるんだった」
ごく当たり前の事実を、口にだして確認する。
……掃除が大変だ。
そう思うと、ようやく、悲しくて泣きたくなった。
泣きたくなったのに、涙は流れない。
なんだか無性に甘いモノが欲しくて、ココアを煎れようと思った。
「……あれ?」
砂糖をたっぷりカップに落としたところで、流しに、直也くんのカップがあるのに気付いた。
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