第4話 お父さん

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 「ここに……いたの?」  わけも分からず、辺りを見渡す。  確かに、そう、あの日はここだけは調べてなかった。  部屋に変化が、あった。  部屋の最奥。  開かずの部屋を遮る木戸の鍵が開いていて、その隙間から光が漏れていた。  やはり、彼はここにいたのだ。  「お父さん?」  呼びかけるが、返事はない。  ゆっくりと立ち上がって、木戸に歩み寄ろうとする。  「――!?」  その腕を、ぐっと引っ張られた。  さきほどの感覚を思いだして、全身の肌が栗立つ。  わたしが後ろに下がり、代わりに、直也くんが木戸に背中を預けてうめき声を上げた。  「な!? なにやってるのよ!」  「まだ……」  立っているのすら精一杯の様子で、彼はお腹を押さえている。  「ご、ごめんなさい」  振り返ると、たかちゃんが戸口で立ちつくしていた。  その後ろには、大勢の野次馬。  チッ、と舌打ちして、わたしは入り口の戸を閉めた。  「……どきなさい」  自分でも驚くほど、冷たい声だった。  「……ひどいな……怪我人ですよ?」  「だからどけと言ってるのよ!」  「ちょっと……待って……はぁ」  咳き込んで、彼は深呼吸する。  その間にも、時間は刻一刻と、彼の腹部からにじみ出る血とともに流れる。  「本当に死ぬわよ!? なにを隠しているの!」  彼は、軽く頭を振って、大きくは開かない目で周囲を見渡す。  「……命を賭ける、価値のあるもの」  「冗談言ってないで――!」  冗談じゃない」  すごく小さな声だったのに、気圧される。  「わたしよりも……大切なもの?」  すごく卑怯な言葉だと思った。  彼を困らせると思ったけれど、でも、本音だった。  直也くんは咳き込み、かろうじて頷く。  「……ある意味では」  わたしは彼を睨み、  「もうキスしてあげない……」  レッドカードをとりだす。  直也くんはきょとん、と目を丸くした。  「ははは……それは……っ、困ったな」  額を押さえて、彼はその場にへたり込んだ。  「負けですね……ええ」  「せんぱいっ!」  慌てて、たかちゃんが直也くんに駆け寄る。  戸のこちらにいたのか……。  わたしも彼を抱きしめたかったが、それしかしてあげられないので我慢した。  かわりに、光指す木戸に手をかける。  鈍く、右手が痛む。    
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