第4話 お父さん

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 歯を食いしばって、わたしは、光の奔流の中に目を向けた。  そのまま部屋に踏み込む。  眩しい。  真夏の空のように、目の前に太陽があるように、その部屋は眩しかった。  立方体の、なにもない白い部屋。  ただ壁に、わたしの子供の頃の写真がびっしりと張り付けてあった。  地面に血の染みがこびりついている。  慣れない目が、部屋の中央に、2つの薄ぼんやりとしたシルエットを映し出した。  椅子に座り、1枚のキャンバスに向かう人影。  それは、頭に帽子をかぶっていて、わたしは息をのんだ。  「お、母さん?」  声が震えていた。  返事は、ない。  よろよろ、と近づくと、それはお母さんではなく、道夫だった。  寝ているのかと思ったが、どこか、違う。  頭の隅で理解する。  いや、その感覚がフラッシュバックした。    死んでいる。  なのに、さきほどまで自分が恐れていた死が、とてもやさしいのではと思うくらい、その顔は穏やかだった。  「なにが、どうなってるの……?」  白い部屋の中で、わたしは泣いた。  そして、絵に目を向ける。  息を飲んだ。  そこには、わたしが描かれていた。  「これが、わたしの絵? ……まさか」  見てしまえば、全ての言葉も、思考も、自分の存在さえも意味を失う。  青葉道夫の絵がそこにあった。  ……これ……おとうさん……ごめん、なさい……ごめんなさい……」  わたしは彼の腰に抱きつき、何度も何度も、ごめんなさいと呟いた……。    「……はぁ」  椅子に深く腰掛けて、私は白い部屋の真ん中で、長いため息をついた。  ようやく、絵が完成した。  ここまで協力してくれた直也くんは、なにか飲み物を買いにいくと言っていたが、覚悟はしてたのだろう。  「……さよなら、先生」  私が死ぬという覚悟だ。  視力の落ちた目は、もう、自分の作品も、自分の指すらも映さない。  ただ、白い、豊かな生命の胎動する、繭の中に閉じこめられた――回帰したような気がした。  後はただ、ここから飛び立つ蝶が、美しいことを祈るのみ。  (ん……)  ふと、頬に風を感じた。  きちんと閉められていたはずの戸が、微かに開いてる。  「……直也くんかい?」  かすれた声をかけるが、返事はない。  彼が返って来るには、まだ、早すぎる。  ……眠い。  再び目を覚ますことはないだろう。  
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