第4話 お父さん

7/11

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
 予感ではなく、契約だ。  みくの驚く顔が見れないのが残念だったが、ただ、もう、穏やかな気持ちのまま、かつての夏の日に思いをはせていた。  ・  ・  ・  ・  ・  「寝てるの?」  なぜ、だろう。  眠ろうとしたのに、意識が引き戻された。  一人の少女が目の前に浮いていた。  「……これはなんだ?」  「なんで、そんなに穏やかなの?」  それは、驚くことに声を発した。  わたしは夢を見ているのだろうか?  夢なら、夢でもよかった。  「……ひとつだけ聞きたいのだが、私の絵は、どうかね?」  「う~ん……元気がでるね」  「そう、か……」  律儀な夢だ。  私は笑おうとしたのだが、顔の筋肉すら、満足に動かせなかった。  「おじさんの忘れ物……」  そっと、静かに白いモノがさしだされる。  もう、目ではみえなくて、手で形を確かめた。  「は……ははは」  それは、あいつにプレゼントし、みくに受け継がれた帽子ではないか。  「あぁ……すまない……かぶせて、くれるかね? この部屋は、まぶしすぎる」  「……うん」  とさ、と帽子が頭にかぶせられた。  長い息をついて、私は……それも億劫になって呼吸をとめた。  「さよなら・・・・・・」  (さようなら)    少女は去り、かわりに白い妖精が部屋に入ってきた。  (みく……)  私にだきつく温かい感触。  彼女が生まれて、はじめて手にした時の、自分の涙を思いだす。  小さな手。          泣きやまなくて困った夜。  はじめて“パパ”と呼ばれた日。    泳ぎに行った海に塩辛さ……。         今……。  その心地よい肌のぬくもりを、私は、今までどうして、避けて、いたのだろう……。  「……これ……お父さん……ごめん、なさい……ごめんなさい……」  生まれた時よりも、みくは、たくさん泣いていた。  わたしの心臓は高鳴る力をなくしていたが。  私の心は、いつまでもいつまでも笑っていた。  「それで……終わりです」  白い部屋の中で、わたしは、長い長い話を語り終えた。  目の端に浮かんだ涙を、ぎこちない手でぬぐう。  眼前の若い医師は頬杖をつき、途中からメモをとることを止めていた。  それから、どのくらいの間があっただろうか。  「そうか」  そう呟き、彼は椅子を軋ませた。  深い溜息。    
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加