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予感ではなく、契約だ。
みくの驚く顔が見れないのが残念だったが、ただ、もう、穏やかな気持ちのまま、かつての夏の日に思いをはせていた。
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「寝てるの?」
なぜ、だろう。
眠ろうとしたのに、意識が引き戻された。
一人の少女が目の前に浮いていた。
「……これはなんだ?」
「なんで、そんなに穏やかなの?」
それは、驚くことに声を発した。
わたしは夢を見ているのだろうか?
夢なら、夢でもよかった。
「……ひとつだけ聞きたいのだが、私の絵は、どうかね?」
「う~ん……元気がでるね」
「そう、か……」
律儀な夢だ。
私は笑おうとしたのだが、顔の筋肉すら、満足に動かせなかった。
「おじさんの忘れ物……」
そっと、静かに白いモノがさしだされる。
もう、目ではみえなくて、手で形を確かめた。
「は……ははは」
それは、あいつにプレゼントし、みくに受け継がれた帽子ではないか。
「あぁ……すまない……かぶせて、くれるかね? この部屋は、まぶしすぎる」
「……うん」
とさ、と帽子が頭にかぶせられた。
長い息をついて、私は……それも億劫になって呼吸をとめた。
「さよなら・・・・・・」
(さようなら)
少女は去り、かわりに白い妖精が部屋に入ってきた。
(みく……)
私にだきつく温かい感触。
彼女が生まれて、はじめて手にした時の、自分の涙を思いだす。
小さな手。
泣きやまなくて困った夜。
はじめて“パパ”と呼ばれた日。
泳ぎに行った海に塩辛さ……。
今……。
その心地よい肌のぬくもりを、私は、今までどうして、避けて、いたのだろう……。
「……これ……お父さん……ごめん、なさい……ごめんなさい……」
生まれた時よりも、みくは、たくさん泣いていた。
わたしの心臓は高鳴る力をなくしていたが。
私の心は、いつまでもいつまでも笑っていた。
「それで……終わりです」
白い部屋の中で、わたしは、長い長い話を語り終えた。
目の端に浮かんだ涙を、ぎこちない手でぬぐう。
眼前の若い医師は頬杖をつき、途中からメモをとることを止めていた。
それから、どのくらいの間があっただろうか。
「そうか」
そう呟き、彼は椅子を軋ませた。
深い溜息。
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