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「どんな絵だったんだい?」
「それは……ええ、とても言えません」
わたしは顔を上げ、にこり、と微笑んだ。
「そうか」
彼も微笑み、繰り返す。
「心配は、ないようだね。笑顔は素直だ」
「あれ? もう終わりなんですか? 精神科医のセラピーって楽しみにしてたのに」
若い医師は、わたしの言葉に苦笑いする。
「だから心配ないんだよ」
「君のお父さんは末期の肺癌だった。はっきり言えば、生きているのが不思議どころか、死んだ時でさえ、身体の機能が保たないために活動を停止したという状態だったらしい」
「……どうして入院しなかったの?」
わたしは驚いた。
その状態で、あんなに動けるわけがない。
「ああ。担当した医師も同じことを言ったらしいが、彼はやり残したことがあるからと、それを拒否したそうだ。正直、結果が同じなので、医師もそれを認めた。それは天使がくれた奇跡の時間だよ……」
「それで……あの絵を……」
また涙がでそうになったけれど、もったいなくてわたしは笑った。
「食事も喉を通らなくて、病院で寝てなきゃいけなかったのに、娘を少しでも長く見ていたかったから……って。夏に笑う子だからって言っいたそうだ」
「……はい」
元気よく答える。
天国にも届くように。
医師も微笑みを返す。
「彼はきっと、芸術家であらながら、最後には、父親になろうとしたんだろうね」
「親子って……そう、慣れないことをお互いにしようとしたkら、結局すれ違ってしまいました」
「でも、笑っていたんだろう? 最後は」
「……ええ」
目を閉じて、大きく頷く。
「では、君自身のことについて話そう」
彼は、それまで浮かべていた笑みを、一瞬で消した。
わたしは、ええ、と目を細めた。
「その手だが……絵は、描けない。今までと同じには、という意味だが」
なんとなく予想はしていた。
でも、ジクジクと胸が痛む。
一度だけ手をかざして、彼の言葉を止めてもらう。
大きく深呼吸して、私は頷く。
「……日常生活に関しては、しばらくは不便だろうがすぐに慣れると思う」
「はい」
背筋を伸ばして、真っ直ぐに頷く。
もう平気だった。
医師はわたしの顔をみつめ、やがて、小さく笑みをこぼした。
「僕も廃業したほうがいいかな……」
「ありがとうございます」
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