第4話 お父さん

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 「いや。医師はなにもしないよ。ただ、その人の自己治癒力を高めるだけだ。もう結構ですよ。  お疲れ様でした」  わたしは一礼して立ち上がり、もう一度礼をしてドアノブに手をかけた。  開けて、閉める。  振り返ると、医師も同じように、肩越しにわたしを見ていた。  「さすが……」  「なんの」  彼は椅子をまわして、こちらに向き直る。  わたしも、スカートを回転させて手を後ろで組む。  「先生、手が動かなくて、絵が描けないのはすごく寂しいけど……でも、目はまだ見えます」  わたしは、あかんべー、をする。  「どんなきれいなモノだって、わたしはまだ見ることができるんです。 先生……」  その言葉が、酷く胸に突き刺さる。  先生――。  彼の遺言通り、これからずっと、わたしは笑顔でいようと思った。  「カメラで写真撮ったり、小説とか書くのって、この年からだと難しいと思いますか?」  「いや」  彼は首を振る。  その仕草がとてもセクシーだった。  机の上に『Dr.SAKAMINE』とプレートが置いてある。  「わたし、この夏のお話を書いて、子供に聞かせてあげるんです。お父さんが、どんなに凄い絵をかいたのかを……』  「子供? いるの?」  彼は椅子から少し腰をあげる。  わたしは笑った。  「妊娠してるんです」  「まさ、か……」  「嘘です」  「は?」  その顔を見れただけで満足だった。  戸によりかかって、頷く。  「そうだったらいいなぁ……って」  「……ああ、うん、いい物書きになれそうだ」  彼は呆気にとられて、顔を押さえて笑いだす。  「小説の最後くらいは、そのくらい幸せでもいいじゃないですか」  「それは……その、とても女の子だ」  「先生……」  その言葉を、何度も繰り返したかった。  「わたし、お話してる最中も、がんばりましたよ……ね、先生」  「とりあえず、涙を拭きなさい」  「……今だけいいですよね」  「かまわないよ」  嗚咽をこらえきれず、わたしは少しの間だけ、子供のように泣いた。    そのお話は、そこで終わっても、まぁ良かった――むしろ、凄くきれいなのだろうけれど、残念ながら続きがあった。  風が気持ちいい。  丘の上に立って、辺りを見渡す。  帽子が飛ばされそうになるのを、必死に押えた。  「……戻って来ちゃったね、君」  
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