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「随分、遅かったのね」
泣きじゃくるリンを抱きかかえながら、母親が不機嫌な表情を浮かべる。
「うん、ごめんね。美容院が結構混んでいたから」
帰り道で考えていた言い訳を、淡々とした口調で答える。
ごめんねと小さな体を抱きしめると、更にワーッと大きな声で泣き喚くリン。
寂しかったのだろう。
心細かったのだろう。
申し訳ないと思う。
この子を裏切れないとも思う。
だけど、今日の出来事をなかったことに出来ないとも思うのだ。
玄関で14センチの靴を履かせ、小さな手を握り締めながら「今日はありがとう」と母親に頭を下げた。
「私はいいんだけど、リンちゃんがね」
何とも言えない顔の母親の目を、まっすぐ見ることが出来ない。
やましいことは何もない。
祐一君とは、駅前の喫茶店でコーヒーを一杯飲んだだけ。
他愛もない会話をして、「バイバイ」と別れただけ。
それでも、3時間前とは違う罪悪感を持った自分がいる。
髪はちょっと短くなって色も変わったけれど、目だって鼻だって口だって同じなのに。
まるで別人になったかのように、気持には大きな変化が訪れていた。
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