昼下がりの身勝手

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秋刀魚の塩焼とほうれん草のお浸し、里芋の煮物と具沢山味噌汁。 あと、昨日作りすぎた豆ご飯をテーブルに並べると「和食か」と旦那は不服そうな顔をした。 「嫌だった?」 「今日は、洋食の気分だったからな」 だったら、もっと早く言ってくれればいいのに。 並べてから言われたのでは、どうしようもない。 「レトルトのカレーでも温めようか」 「いや、これでいい」 これがいいではなく、これでいい。 その僅かな棘を無視できずに、思わず声を尖らせて言い返す。 「嫌なら食べなくていいから」 「いや、食べるよ」 「ピザでも取れば?」 「だから、食うって」 不機嫌になった私をなだめるように、慌てて優しい声を出す夫。 だったら初めから、洋食が食べたかったなんて言わなければいい。 作れないのだから、黙って出されたものを食べればいいのに。 普段、気にならない夫の嫌な部分がやけに気になる。 視線を合わせるのも苦痛だ。 こういう些細なことが積み重なって、離婚する夫婦も大勢いるのだろう。 私たちはそうはならない。 そんな話、他人事だって昨日までは思っていた。 だけど、今はあり得るのかもしれないと思っている自分がいる。 「この秋刀魚、油が乗っていて旨いよ」 上ずった声で褒められても少しも嬉しくないから、真顔で「そう」と答えた。 どうしてこの人と結婚したのだろう。 一瞬、なぜ自分がここにいるのか分からなくなる。 私はこの人の奥さんになりたかった? リンの母親になりたかった? 分からない。 私は何になりたくて、ここにいるのだろう。
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