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「前髪、バッサリ切るのは久しぶりですよね。旦那様、きっと驚かれますよ」
美容師の言葉に苦笑いを浮かべ、返事を誤魔化す。
夫は一年以上、私の顔なんてまともに見ない。
名前も呼ばない。
彼にとって、私はリンのお母さん。
それを寂しく思ったこともあるけれど、今はそれでいいと思っている。
私だって、彼を家族としか思っていない。
もうときめかない。
見つめあっても、彼の手が触れても、抱き合っても、出会った頃のように心は揺さぶられない。
蕾を付けたばかりの不安定な花が私たちの間にはある。
それが枯れないように、害虫から攻撃されないように、互いに背中を向けあって、その蕾を守っているの。
だから、もう決して向き合うことはない。
同じものを同じ想いで大切にしているけれど、相手を思うことはない。
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