ストライク

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女は悩みを相談するとき、 自分が一番悩んでいて可哀相だということを アピールしたいのだ、 女は狡猾というが、 ほんとうはばかだ!! くだらないんだよ!!! と、昔居た会社の上司は酒の席で叫び 自分の愛人だったお局OLを 社員全員の目の前でフッた。 お局は泣いていた。 違う、違うと言って泣いていた。 サンちゃん先輩の自分話の流れるなか、脳裏にその台詞が浮かんだ。 サンちゃん先輩に そして私にもそれはぴたりと当て嵌まる。 会社に入って初めての日 お茶の入れ方より先に、 パートの女達はこの会社に馴染むルールを教えてくれた。 『サンちゃんは若いけど、一番キャリア長いの。 サンちゃんはとにかく自分が可愛くて可哀相じゃなきゃだめな子だから、 サンちゃんより凄いノロケや愚痴や悩みなんてぜっったい言っちゃ駄目。 っつっても、基本は優しい子なんだよね、だからそれだけ、守れば大丈夫』 『そうそう、それやってサンちゃんが泣いて部長にすがってさぁ、辞めさせられた子がいんのよー』 女はばかだ。 そんなくだらないことを 部長にどう話してクビに出来たのか、サンちゃん先輩の手腕には感心する。 部長もばかなのかもしれないが。 そんなくだらないルールをきっちり守り 実際は自分のほうが可哀相で特別だという思いを胸に、 皮肉めいたあだ名で呼ばれながらもうまいこと可愛がられている私もばかだけれど。 「ね、ボーリン、聞いたっけ? あたしの彼氏って、 片親でね、なんか大事なとこが欠けてるのよね、人間的に。 だからたまにねー精神的にいかれちゃうことがあってさぁ、 うつ病つーのかな、 なんか知らない薬沢山飲んでてさ。 あたしってすぐそーいう、 不安定な人間に好かれる体質なのかもしんない。 そういう匂い出てる? 前の彼氏もね、 なんか小学生の頃母親を殺しかけたらしくてー、 それをまだひきずっててジコケンオ?とか言って、 デートに来ない来ないと思ったら自殺未遂してて!! もーいい加減安定したひとに好かれたいわほんと。」 私は今日もこんな話を聞くために サンちゃん先輩と飲みにいく。 こんな金の使い方や酒の飲み方を、 教科書は丁寧に教えてくれなかったが 社会人になれば次第に自然に それを覚えていくことが出来るのは何故なんだろう。 数式や古文にはその基礎が隠れていたのかもしれないね。 汗をかくビールジョッキに、私は心のなかで呟いた。
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