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――――…
楓が自宅であるマンションの敷地内に足を踏み入れると、同じマンションに住む主婦達が井戸端会議を開いている姿が目に入った。
そんな主婦達にペコリと頭を下げると、彼女達は満面の笑みを見せて楓の元に歩み寄った。
「あら、広瀬さんところの楓君、お帰りなさい」
「こんばんは。
先日は弟がお邪魔したそうで、お世話になりました」
そう言って会釈をすると、彼女はアハハと笑った。
「いいのよ、そんな。
それにしても本当にしっかりした息子さんね、広瀬さんの奥さんが羨ましいわ」
その言葉を筆頭に主婦達は、うんうん、と頷き、
「有名進学校の生徒さんで、東大も夢じゃないのよね」
「末は博士か大臣かって感じなのよね?」
「楓君はなんでもなれそうね」
と声を揃えて囃し立てた。
そんな主婦達に楓はニッコリと笑みを見せ、
「そんな過大評価されると困りますよ。
それでは、失礼します」
と再び会釈をして、マンションのエントランスに入った。
「広瀬さんのところの自慢の息子さん」
「才色兼備とはあのことね」
と背後で賛美の声が聞こえ、
『才色兼備』なんて男に使う言葉じゃないんだけどな、
と楓は思わず肩をすぼめ、エレベータに乗り込んだ。
『広瀬さんのところの自慢の息子さん』
そして彼女達の言葉を思い出し、自嘲気味な笑みを浮かべた。
自宅のドアを開けると同時に「お兄ちゃん、お帰りー!」と弟・薫の甲高い声が響く。
玄関まで駆け寄り足にしがみつく、まだ六歳の幼い弟の姿に「ただいま、薫」と楓は目尻を下げて、その身体を抱き上げた。
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