【旋 律】前編 第六章

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  リビングに入ると、対面キッチンで恵美が夕食の支度をしている姿が目に入った。 「お母さん、ただいま」 楓は薫を抱き上げたまま、笑顔でそう言うと、 「あら、お帰りなさい。部活はどうだった?」 と恵美は調理をしつつ振り返って楓に笑みを見せた。 「今日は発表の練習したんだけど、相変わらず部長がしどろもどろで、前途多難だよ。 結局二年生がメインになりそうな流れかな」 「本当に頼りない部長ねぇ」 恵美はそう言って少し楽しそうにアハハと笑った。   楓がソファーに座ると、「抱っこ」と薫がまとわりつくように膝の上に乗った。 「コラ、薫。 お兄ちゃん、疲れてるんだから、そんなにくっつかないの」 そう言ってキッチンから顔を出し、そうたしなめた恵美に、楓は笑みを見せた。 「疲れてないから、大丈夫だよ、なっ、薫」 そう言って薫の頭を撫でた。 そして膝の上で屈託ない笑顔を見せる弟の姿に心洗われるような気持ちになることを感じていた。 自分は元々、子供好きなのだろうな。 薫の頭を撫でながら、なんとなくそう思っていると、 恵美が思い出したように、またキッチンから顔を出した。 「そうそう楓、 今度の金曜、会社の飲み会があって、出席しようかどうか悩んでいるんだけど、楓は何か予定があった?」 その問いに、一瞬言葉が詰まった。 金曜は友人に誘われていた。 ――しかし、まだ返事はしていないし断ればいい。 「大丈夫、予定は何もないから、行っておいでよ。 薫の面倒見てるから」 柔らかく微笑んでそう告げると、 「本当? 良かったわ」 と恵美は嬉しそうに笑みを見せた。    
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