【旋 律】前編 第九章

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  円香は脱ぎ捨てたジャケットをハンガーにかけた後、ふと和馬のうなじを見てキョトンと目を開いた。 「うなじのとこ、蚊に刺された?」 「えっ?」 「赤黒くなってるわよ」 その言葉に美佳が首に何度もキスしていたことを思い浮かべ、和馬は仰天して目を見開き、 食事の最中にも関わらず洗面所に駆け込み、慌てて合わせ鏡でうなじを確認した。 くっきりと付けられたキスマークに全身に冷たい汗をかくことを感じた。 「食事の途中なのに、そんなにムキになって確認しなくてもいいのに……そんなに痒くないの?」 不思議そうに洗面所に顔を出した円香に、 「ああ? あー…痒いな。でも、大丈夫だ」 と和馬は動揺しながら答えた。 「薬出しましょうか?」 「い…いやぁ…そんなに痒くないから」 「でも、凄く赤黒いわよ、見せて」 と円香が触ろうとすると、 「触るなよ、凄く痒いんだから!」 と和馬は叫びながら、弾くように離れた。 「――えっ?」 ポカンとする円香を見ながら、 「やっぱり、薬を出しといてくれ」 と和馬は逃げるように洗面所を出た。   心臓が激しく音を立てた。 美佳の奴、何考えてるんだ? 和馬は、焦りと怒りを感じていた。
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