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「もう行くのか?」
電話が終わったらしい。流と玄関で出くわした。
「迎えが来た」
「気を付けて行けよ」
目の前を素通りして背中で見送りの言葉を聴く。返事をしたつもりになって綺麗に揃えてある靴に爪先を通した。ふわっと髪に手を置かれ、靴を履きながら振り返る。
「?」
眼鏡の奥で、いつもは無表情な切れ長の眼が優しくふと細められた。
「い、行ってきます!」
「ああ行ってらっ――」
慌てて廊下に飛び出すと、朝の静まり返ったマンションの通路にカチャリとドアの閉まる音が響いた。
振り払われた手を顎に置いて、「反抗期か?」と訝しげに母親らしからぬ容姿の人物が呟いたのを――もちろん俺は知らない。
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