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マンションのエントランスで小さな背中を見つける。物音で振り返ると、単語帳から視線を上げた笑顔が俺に駆け寄った。
「おはよう奈央君大丈夫?顔赤いよ?」
家まで迎えに来てくれた春野 悠希の戸惑う声に指摘されてわずかに焦る。
「あ、……おう」
何でもねえよ、と誤魔化す。かくいう春野もなぜか頬を桜色に染めている。微妙な沈黙が俺たちの間に流れた。
「待たせたな、行くか」
なんて笑いながら、とりあえず話を逸らしてみる。
珍しく、あんな夢を見たから取り乱しただけだ。落ち着け!つかマザコンなんかじゃねえぞ?あん?見た目は完璧男なんだからファザコンか?いや我が家は立派な母子家庭なわけで……。
思い出すと泥沼にハマりそうで考えるのを止めた。
ブレザーの袖を引かれ春野を見下ろす。
「全然待ってないよ?奈央君行こう!」
「おう」
ふんわり笑う春野に癒やされて、つられて破顔した。
「…………」
ごちゃごちゃしていた思考をいったん中断させて、春野を見る。
「――っ!!」
「?」
目が合ってさらに頬が赤くなる春野。熱でもあるのか?と思い首を傾げる。
「なっ!?奈央君っ?!」
「んあ?」
「!!」
身長差のある春野に合わせて膝を折る。
「熱でもあんの?」と言いながら額に手を翳した。
「熱はないみてえだな。春野大丈夫か?」
「ほ、ほら!遅刻するから早く行くよ!」
「おう」
大きな声を出す春野。「大丈夫そうだな」と俺が言うと無言で袖を引いて歩き出す。首をバキバキ鳴らしながら前を向いたままの華奢な背中を眺めた。
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