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そこにもう音はない。
俺はゆっくりとふすまを開けて立ち上がった。
そしてそっと彼女に近寄る。
足下のぬるっとした感覚に視線を向ければ見えるのは、
床一面に広がる赤。
その赤い海の中に俺は座り込んだ。
「……きょ、ぅ――」
か細い彼女の声に「……なに?」と優しく囁く。
銀色の刃が彼女の腹部に深く沈み込んでいる。
俺は優しく涙と鼻水、そして血で汚れた彼女の顔をTシャツの袖で拭ってやった。
「……ごめ、んねぇ」
そんな彼女の言葉に俺は優しく微笑む。
「どうして? あいつを追い出してくれたのに」
もう、あの男は帰ってこないだろう。
「ごめ、……」
彼女の手が震えながら伸ばされる。
俺はその手を両手で強く握りしめた。
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