それは、僕じゃない

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「おはようございます。」 誰もいないはずのフロアのドアを開けたら、先客がいた。 否、正確には、‘客’ではないのだけれど。近くによらなくとも、それが雨宮だってことに気づく。 「寝てるし・・・。」 まるで子供みたいに、端に置かれたソファの上で、丸まって寝ているのだ。 しばらく、オレは雨宮の頭側に突っ立ったまま、寝顔を、ただ眺めていた。 そして、不意に、何の意思のないままに、手を伸ばし、雨宮に、その赤みがかった頬に触れていた。 さらりと手が滑る。 まるで、本物の子供のような肌だ。そして、額にかかる厚めの前髪に指をかけ、梳いた。何をやっているんだろう、と遠くでその光景を見ている、もう一人の自分が投げかけた。 ‘んん’一つ唸ると、雨宮が、薄っすらと目を開けた。オレは、咄嗟に手を引っ込める。 「おはようございます、吉田さん。」 呂律の回っていない声は、正しく寝起きのままで。 「やけに、早ぇのな。」 オレは、先ほどまでの醜態を隠したくて、視線を逸らした。 「まぁね、たまには。結局居眠りしちゃいましたけど。」 ふふと、雨宮独特の笑う声を聞き流した。がさがさと近くに置いてあったバッグを漁ると、ソファに寝そべったまま、ゲーム機のスイッチを入れた。雨宮は、一度ドアを見やると、そのまま壁にかけられているいやに事務的な形の時計を見上げた。 「何、誰か待ってんの?」 愚問だと思いながら、そんなことを尋ねてみた。 「まぁ、ちょっと。」 さっきとはまるで違う意味と空気を持った‘まぁ、ちょっと’は、周囲の空気に紛れもせず、オレに変な違和感をもたらす。 居心地が悪い。 それから、どれくらいの時間が経っただろうか。二人でいる空間が、これほどまでに酷く居心地の悪いものに感じたのは、これが初めてかもしれない。
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