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互いに顔を直視することなく、ただただ無言の気まずい沈黙が続くこと数十秒。
「せ、先輩…」
突如として、その沈黙を破ったのは意外にも鈴山さんからで、彼女はそのまま続けて言葉を発する。
「先輩は…その…こんなことのために、わざわざ学校を休んだんですか?」
「おいおい…こんなことってことはないだろ?こんなことって」
手をあげた張本人が言うのもアレだが、普通自分が叩かれたとあれば、もっと問題にしてもよいと思うのだが…?
と、そのような内容のことを言葉にして口にするより早く、僕の目の前にいる鈴山さんが小さな咳払いの後に、再びその口を開く。
「いえ、この解釈であってるんですよ。逆に私からしたら先輩がそれくらいのことで謝りにくる理由が理解できません」
「理解できないって……どうして?僕は君に手をあげたんだぞ?もうこれだけで十分に君に謝る理由になるじゃないか?」
「それなら私なんか何度も何度も先輩に槍を突き刺してますよ?それについてはどうなんですか?」
「い、今は関係ないことだろ!?それに僕にとってはそれくらい日常茶飯事みたいなものだ」
日常茶飯事……ですか…と、消え入るような声で呟いた鈴山さんは、やがて視線を僕から窓の先にある景色にへと移す。
その顔はどこか儚げで、少し強く触れれば、それだけで腐ったゼリーのようにズブズブと崩れ落ちそうなほどであった。
いつもの僕であれば、相手に許してもらえた段階で直ぐに逃げるように帰るのだが、しかし残念ながら今回ばかりはそうはいかない。
というのも昨夜、僕は由佳奈から鈴山さんの大体の素性を電話で聞いてしまったからだ。
彼女がどういう存在で、現在どういう状態なのか、僕はそれを本人の断りもなしに勝手に知ってしまったからだ。
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