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俺はただ守りたかった。 故郷を、友を、両親を、大切な人を。
だが、守れなかった。
狂気と暴力と略奪で蹂躙され、破壊された街。
赤く染まっているその視界は燃え盛る炎のためか、割れた額から流れ出る血かわからない。
しかし俺にはもうそんなことはどうでもよかった。
ただ全てを失った喪失感に心がとらわれて、熱さも、痛みも、音も、光も何もかもが大切なものと共に、この世界から消え去った。
東の空が明るくなったとき、辺りの火は弱まり、俺はふらふらとおぼつかない足取りで歩きだす。
変わり果てた街を見ても何も感じなかった。
街の広場に着くとそこには、おびただしい数の死体が放置されていた。
そのほとんどは黒く焦げていて、もう誰の死体だかわからない。
「た……たす……けて……」
広場の中心にある女神像の方から助けを求める声が聞こえてくる。
近寄ってみるとそこには若い娘がいた。
まだかろうじて生きているが娘の腹部の傷は深く、長くはもちそうもない。
娘の傍らに膝をつき、その手をとり体を支えてやる。
「お……弟が…………近くにいるはず……でも……さっきから……呼んでも返事が……」
もう目が見えていないのだろう、苦し気な様子で話す娘の側にはすでに冷たくなった少年がいた。
「大丈夫だ。君の弟ならさっき水を汲みにいったよ」
それを聞くと娘は安心したのか、優しく微笑んだ。
「そう……ならよかっ……た……」
そう言うと娘は静かに息絶えた。
そっと見開いたままの娘の目を閉じてやる。
広場を見回しても死体があるだけだ。
俺の故郷は、帰るべき場所はこの日を境にして永久に無くなってしまった。
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