卓さん~先輩は沈黙する~

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「チッ」 自分の舌打ちを聞いて、机を並べる奴らが目線を会わせないように俯く。 そいつらを見渡し、一人の男に視線を固定する。 「おい。」 「・・・は、はい。」 「今来たメール読んだか?その資料午前中に揃えとけ。」 「え・・・でも・・・。」 「分かったな。」 「はいぃ・・・!」 『何だよ、その返事は。』 心の中でもう一度舌打ちして、時計を見る。もうすぐAM8:30、始業時間だ。 隣の席をちらりと見て、小さく息を吐く。 席の主は『井上美夏』。 このプロジェクトチームの中でも、かなり奮闘している若手だ。 そんな彼女が、珍しく先週金曜日に休みを取った。 多少熱があっても来る彼女にしては珍しい・・・。 「やっぱり、ガタがきちまったのかなあ。」 小さく口の中で呟いて、嘆息する。 正直、とても、とても忙しい。 俺だってかわいいわが子の起きてる顔を何週間見ていないことか。 あまりに日々目まぐるし過ぎて、井上のことを気にかけてやれなかった・・・。体的にも、精神的にも弱っていただろうに。 『今日も休みだったら、帰りに井上の家に寄ってみよう。』 そんな決意をした時だった。 「おはようございます。」 井上が少し慌ただしく席に着く。 そしてすぐにパソコンを立ち上げながら、手帳を確認し始めた。 それはいつもの井上の朝の光景。 それを横目で見ながらほっとする。どうやら本当に疲労だけだったようだ。 顔色も良さそうだし、というか、いつもより艶々している。 さっきまでの不安がふわりと溶けた。 『よしっ。』 タイミングを見計らって、井上の方に体を向ける。 そして今日の仕事の話を始めようとして、体が動かなくなった。 視線が一点から離せなくなる。 先週の木曜までにはなかった物。 そもそもそういう物はドラマでしか見たことがなかった。 嫌な汗がぶわっと噴き出す。 井上の手首、しかも両手首に包帯が巻かれていた・・・。
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