卓さん~警備員は安堵する~

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「若先生!ご無沙汰しております!!」 入ってすぐ、畳に頭を付ける勢いで一息に言う。 若先生の視線を頭のてっぺんに感じ、緊張で汗が全身から噴き出す。 子供の時から、若先生は俺の憧れだった。 だからこそ、体が震える位緊張する。 額から流れ出た汗が畳にこぼれそうな時、ふっと笑う気配を感じる。 「頭を上げなさい。弘樹。」 「はい!」 ゆっくり顔を上げると、そこには若先生が面白そうな顔で俺を見ていた。 「相変わらずだね。」 「申し訳ありません。」 俺はハンカチで汗をぬぐう。 汗が止まらない。 その理由を俺はよくよく知っていた。 『若先生が怒っているかは目を見て判断しろ。』 これが生徒達の間での口伝となっている。 今日の若先生は、静かに怒っていた。 「それで?」 「はい。お忙しい中お時間を頂きましてありがとうございます。本日は、花火大会の際の、私どもの不手際に関しお詫びに伺いました。」 まっすぐに若先生を見つめて、ここ数日練習してきた台詞を一気に言う。 「あの日、私は桟敷席の警備の総指揮者でした。本来ならばあの喧嘩は私どもで対処しなければならない出来事です。関係ない若先生達を巻き込み、更にお怪我までさせてしまったこと、職員一同心より反省しております。以後この様なことがない様徹底致しますので、何卒ご容赦下さい。」 しばし沈黙が訪れる。 若先生の漆黒の目が俺の目を射抜く。 それだけで、もう、どうしようもない位、全身から血の気が引いていった。 だから若先生が『以後気を付ける様に。』と静かに口を開いた時は、涙がにじんでしまった。 タイミングよく、みわおばちゃんが冷たいお茶を運んできてくれた。 お茶を頂きながら一息つくと、今更ながら手土産の存在に気が付き、少々慌てる。 「若先生、こちらつまらない物ですが。」 「ああ、ありがとう。」 若先生は素直に受け取ってくれた。 俺が小さい頃から若先生は大人だったが、こうやって今見ても若先生からは大人の余裕を感じる。 先ほどまで筆を執っていたのだろうか。 和服姿で鷹揚と座っている姿は、男の俺から見てもかっこいいと感じた。
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