日常と非日常

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「待て!」 「誰が待つか!」 俺は襲われまいと、脱兎の如く逃げ出した。三十六計逃げるに如かずである。 「全く、九紅璃の奴……」 なんかもう、凄く執拗に追い掛けてきやがった。しかも、無駄にフィジカル高くて逃げ切るのに時間掛かったし。 さて、そうして逃げ着いた先――つまりここは、神酒島神社の拝殿。本殿は基本的に開放していない。古来、朝廷の指定を受けた二十二社の内、今もなお秘匿され続けている“二十三番目”の社。 祀る神はまさに異形。どれだけ細分化しようとも、決してどのカテゴリーにも属する事のない、異端中の異端。 公にしてしまえば朝廷の尊厳を丸ごと失いかねない程の異常性を備えたその神の真名は、天津国宮大三輪界鈴命(あまつくにのみやおおみわさかいのすずのみこと)。跡取りの台詞ではないが、長くて覚えづらい。 大国主神ら中津国に住まう八百万の神に楯突いた、“反逆を司る”神。その結果、高天原の一角に飛ばされ、監視される事となったのだが。 勿論、奉る神がそういう性質であれば、ここに自然と集まってくるのは、大なり小なり罪を犯した人間たち。いや、人間だけでは――ない。そういう人間の持つ負の“気”に惹かれた妖怪変化の類もまた、留まり、集まってくる。 無論、それを野放しにするのも良くはないので、適度に追い払うなり祓うなりしなければならない。基本は、来る者は拒まず、去る者は追わずスタイルだが。多過ぎる、というのは生態系に百害あって一利なしだ。生態つか、生きてないけど。 だが、一家の長――跡取りである俺に、それらを祓う術はない。神酒島の血を継いだ母親の遺伝子が、色薄く存在しているという事なのだろう。父親は婿養子だし。 つまり、だ。その遺伝子を受け継いだのが俺でなければ。 その能力(ちから)が顕現したのは―― 「あーお兄ちゃん、こんなところに居たの?」 妹の鈴莉。 「どうした?何か用か?」 その口振りから、どうやら俺を探していたようだが。 「うん。晩ご飯出来たから、一緒に食べようと思って。部屋にも居なかったし、探したんだよ――って、お兄ちゃん、何して……ああ」 いきなり俺の手元を覗き込んできて、勝手に納得する鈴莉。まあ、分かるけども。 「また術式の開発?よく飽きないね。晩ご飯、後にする?」 俺が手にしているのは、たった数枚の紙切れ。俗に言う、札とか呪符とかそういう類の物である。
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