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丑三つ時。泣く子も黙るその不気味さが漂う夜の街を、颯爽と駆る影が二つ。
「お兄ちゃん、ターゲットは?」
その影の一つ――可憐な少女が、容姿に似つかわしい声で、もう一つの影――兄と思しき人物に訊ねる。
「ここから南西に二百メートルだ」
兄、と呼ばれた少年はそう答えた。
今この“街”にはこの二人だけ。他の住人は皆、街の内界――つまり外界と隔離された家の中だ。
彼ら彼女らが家から出て来ないのには、訳があった。街一帯を覆う、巨大な結界。その効果は、人払い。正確には、認識出来る空間を各人の家の中だけとする、認識阻害結界。それにより、外に居るだけで、当てもない不安感に襲われて家の中に引きこもる。そして一度引きこもってしまえば、認識出来ない空間に移動する事が出来なくなる。
そんな街を上から見下ろす下弦の月だけがその兄妹を照らし、夜風だけが二人の頬を撫でた。木々生い茂る景観と相俟ってとても情趣的だったが、今の二人にはそんなものを吟味している余裕などなかった。
「あ、お兄ちゃん、見えたよ!」
ふと、少女はとある方向を指差して言った。
「じゃあ鈴莉は早速向かってくれ。場は俺が整えておく」
「うん。一旦じゃあね、だね」
それから彼らは二手に分かれて走り続ける。
鈴莉と呼ばれた少女は、真っ直ぐターゲットへ。鈴莉と呼んだ少年は、ぐるりと街を囲うように。
「とりあえず動かないで、おとなしくしててね?」
ターゲットと接触した鈴莉は、己が懐から紙切れ数枚を取り出し、“気”を込める。
すると紙切れだったものが紐へとその形状を変化させ、ターゲットを捕捉した。頼りなく見える紐だが、力尽くで千切ろうとも切れる気配を見せない。
「鈴莉、こっちは準備出来たぞ」
少女の後方から、そんな声が聞こえた。
「うん、ありがとね。じゃあ行くよ!」
一段と気合のこもった声と共に、無数の珠が宙を舞う。それは、最初不規則にターゲットの周りを飛び交っていたが、次第に次第に、その周りを規則的に飛び回る。加速する珠がふとゆるやかに浮遊しているかと思えば、速度も位置も、何もかもが統率された一つの動きへと変わっていた。
それ即ち、終焉の刻。
「我、古の盟約につき、魔を祓う者なり。永久(とこしえ)の契約につき、世を禊ぐ者なり。あやかし乱れて清きところなし。さすればそれを浄化せん――」
静寂が支配する宵の街で、妖しく光る珠が一つ。
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