懐かしのパン屋さん

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とある土砂降りの日の夜。 色とりどりの傘をさした人達が目の前を行き過ぎていく。 俺に気付いた人はみんな憐れんだ目を向ける。 ずぶ濡れで震える俺に、傘やタオルを差し出す人もいた。 日本人はとても優しいのだ。 俺が傘も持たずにじっとしているのには理由がある。 俺の両親は俺が幼い頃に離婚した。 父親に引き取られた俺は父ちゃんと貧乏だったけど仲良く今までやってきた。 でも父ちゃんは俺を養うために働きすぎた。 ついこの間倒れて、今は入院している。 元々金のない俺の家は、入院費を支払うほどの財産はなかった。 仕方なく父ちゃんと暮らしてた家を売り払って、なんとか入院費は払えた。 そのかわり家を失って、俺はホームレスになった。 傘くらい持って家を出ればよかったのに、その日は快晴で気が付かなかったのだ。 それでも人から傘を借りることは頑なに拒んで、寒さにも頑張って耐えた。 「誰かと待ち合わせでもしているの?店の中で待っててもいいよ?」 雨宿りをしようと屋根の下に入ると、その敷地の持ち主らしい若い男の人が声をかけてくれた。 「いえ…大丈夫です」 それでも俺は拒んだ。 暖かそうな店内とおいしそうなパンが並んでいる。 ここはパン屋さんなのか。 そういやあまり食事もできていない。そうすると自然にお腹が鳴るわけで。 「ふふ、やっぱり入りなよ。パンならご馳走できるから」 クスクスと笑うパン屋のお兄さんは俺の手を引っ張った。 あまりに寒くて感覚はなかったけど、お兄さんの手はあったかかった気がする。 「冷たいね。ちょっと待っててくれるかい?」 そう言って裏に入っていったお兄さんは、ふわふわのバスタオルと電気ストーブを持ってきた。 「そんな、悪いです」 「君はこれ以上冷えたら危険だよ、大人しく僕の言うことを聞いて?」 お兄さんは多少強引に俺をストーブの前に座らせると、また裏へ消えていった。 しばらく厚意に甘えて暖を取った。 「はい、是非食べて」 お兄さんはおいしそうなパンのいい匂いを漂わしながらやって来た。 香ばしい焼き色がついたパンとホットミルクを用意してくれていた。 「あと着替えた方がいいよ」 お兄さんは、お兄さんに似合わなそうな服を手にしていた。 それに本人の服を目の前で着るのはちょっと恥ずかしい。 「あの、ほんと大丈夫なんでっ!」 色々と申し訳なくなってまた雨の中に逃げた。
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