0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
8月14日。その日は雨だった。
その日に限って頼まれていた仕事…いやバイトの為に、体を濡らしながら自転車で走る僕の姿は、実に情けなかっただろう。
しかし、問題は無い。この土地に僕の事を知る人間は、恐らく5人しか居ない。僕と言う存在を知っている人は勿論何人もいるだろうが、僕がどういう人間か、そういう内面まで知っている人は、この辺りにはそういない。だから別に、雨に打たれながら無様に自転車で走る姿を他人に見られても、気にならない。
バイトと言うのは、簡単に言うと荷物運びだ。
重さにすれば1kg程。水には強いらしいので、そのまま自転車の前のカゴに放り込んで走っているが、しかし、不思議な物を運ぶことになった。
四本の太いが短い、樫のような木の棒。これを、隣町の知り合いに届けて欲しいと、ある人から頼まれたのである。
一応白い布で二重に包まれているが、殆ど効力を成していない。少しずつ、ジワジワと染み込んだ水分が、恐らく既に表面を纏い、湿らせている事だろう。まあ、僕の使命は、この木を届ける事なのだから、その過程にどういう状態になろうと、関係は無い。もし何かあって、それが不遇な結果をもたらす物なら、この雨を恨んで欲しいものだ。
夜国町※の東端に住んでいる僕は、このバイトの為に、わざわざ西端まで赴かなければならない。真逆だ。
このバイトの依頼人。と言うのは大袈裟だが、ある人、と言うのは、僕の親代わりの人で、小さい頃に両親が離婚し、僕は母親の元に引き取られたのだが、女手一つで育ててくれた僕の面倒を見てくれた、優しいおじさんの事だ。
中学を卒業してからは全く連絡も無く、もう二度と会えないんじゃないかとも思ったが、一昨日、いきなり僕の電話が鳴ったのだ。
バイト。と呼ぶのは、給料が出たからだ。僕は勿論要らないと断ったのだが、労働力の代償だ、若い者の貴重な時間を奪う行為だから、と、1万円札を手に取ったおじさんの顔は、喜びに満ちていた。
その為に、僕は確実にこの木を、おじさんの知り合いの人の所に届けなければならない。雨で滑りやすくなっている道路を、長年乗り馴れた自転車で爽快に走り抜けて行った。
※夜国町=よるくにちょう。主人公の住む街。
最初のコメントを投稿しよう!