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此処。 夜国町には、数々の伝説がある。
その一つに、新月のある夜に、この国の裏の長が現れ、世界を狂わせるというものだ。
夜の国の長。夜国長。夜国町という訳だろう。
そんな事を思い出しながら自転車を走らせていると、何とも情けない事に、道に迷ってしまった。
時刻は6時を過ぎていた。まだまだ明るいが、やはり太陽は沈みかかっている。
感覚的にはもうすぐで自分の知っている地域に差し掛かると思ったが、行き道と違えたらしく、未知の道を通ってしまっていた。
さて、どうしたものか。雨はもう降る気配は無い。気温も雨上がりと言う事で、高くもなく、低すぎる事も無い。中々いい環境だったが、流石に内心焦りを感じた。
携帯で連絡を取るのは手段の順番なら最後の方だろう。なんせ、親は両方とも遅くまで帰ってこない。期待するだけ無駄だ。
夜国町701番地と書かれた標識に出くわした。携帯で地図を開くと、自分の家がある255番地は、遥かに南の方だった。
少しずつ北へ北へと向かっていたらしい。
方向転換し、再度ペダルを漕ぎ出そうとした、その瞬間
キキーーッ・・・
「ちょっ. . .?」
ドゴシャアッ!!
カーブミラーを見ずに、緩やかなカーブを停止せずに猛スピードで走って来た普通車に、吹っ飛ばされた。
身体はグタグタになり、壁に足からぶつかり、その場に打ちのめされた。
意識は99%飛んでいた。しかし、生きようとする意志はあった。1%の理性、自我は、必死に自分を保とうと、くたばりかけた臓器の鼓動を鳴らし続けていた。
心臓のように、身体の中にあるものは自分の意志で動かしたり止めたりする事は出来ない。しかし、この時だけは、自分で、自ら生きようと、心臓を動かしている自覚があった。
霧散を轢いた車は既に消えていた。即ち、逃げた。助けが誰からも来ないまま、霧散はただ一人、死と生の境目でもがいていた。
街灯が少しずつ明るくなって行く中、霧散の目からは灯りが無くなりつつあった。ゆっくりと、確実に意識は0へと向かって行った。
恐らく脚はもう使い物にならないだろう。恐らくどこかの一部は麻痺しているだろう。記憶障害だってありそうだ。右手は繋がってるのか。そんな事を考えていた…。しかし、決着は着かない。
「俺・・・死ぬのかよ?…」
その瞬間、一匹のトンボが霧散の胸の上に止まった。
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