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――― 「陽平」 名前を呼ばれて、不意に我へ返った。 頭を上げると、表情の乏しい千里の顔がそこにはあった。 吸っていた煙草は、灰皿の中で、すでに燃え尽きて灰に変わっていた。 「あたし、これから仕事だから」 まだ部屋着姿の千里が、抑揚なくいった。お洒落気のないピンクのジャージの上下は、もう見飽きてしまっている。 「ああ、今日は夜勤の日だったか……」 何も思考せず俺はいった。 いわれてようやく、彼女のシフトをぼんやりと思い出した気がしていた。 まさか夜の行いのためにこっちの部屋に来たわけではないだろうとは予想できていたが、まったくその通りだった。 「違う。同僚が体調崩したせいで急遽に出勤になったのよ」 苛立った声を出して、千里はショートボブの頭ををかいた。 たしかによくよく考えてみれば、こんな時間から始まるシフトは今まで一度もなかった。 そんなことにも気付かないなんてな、と俺は無関心な自分自身に驚いていた。 「そっちは明日休みなんでしょ。たまには掃除とかやっといて欲しいんだけど」 台所のほうを見渡しながら、千里はぐう垂れた。
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