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千里の仕事よりも、自分の仕事のほうが過酷だと確信している部分はあるのだが、それをいうなら彼女のほうだって同じ意見を持っているはずだった。
つまり、このやり取りには明確な結論がない。
だから俺は、無駄な言い争いを避けるため、こういう場面では黙ることにしている。
しかし女性の千里としては、そういう対応は気に入らないようだ。
「なんでこうなっちゃったかな」
千里が呟いた。
俺はしばし考えたあと、彼女の言葉の意味を理解した。二人の関係がなぜこうなったのか、ということを千里はいっているのだろう。
「お互い忙しいからじゃないか」
と、俺は答えた。
「なんだかんだでみんな自由が欲しいんだよ。特に社会人みたいに自由がなくなると余計な」
「自由……か。それならあたしも自由になりたいな」
意味深に呟いてから、千里は俺の部屋を出て行った。
なればいいさ、と俺は心の中で毒づいた。俺の中に、その結末を迎えることを望む気持ちがあるのは、もう否定のできない事実だった。
男女の仲も、ある程度の期間を越えれば、退屈な間柄へと変化する。
恥ずかしながら、この歳になって初めて、俺はそんなことを学んでいる。
早々と同棲を始めたことも、互いの新鮮さを急速に渇水させた原因のひとつなのかもしれなかった。
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