夏休み

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 ぼんやりと空を眺めている矢嶋の表情は変わらず、俺の存在に気付いていない。  俺はベンチへゆっくりと歩み寄り、もう一度言葉を声にした。 「矢嶋」  ビクリと震える矢嶋の身体。  それからゆっくりと上半身を起こし、こちらを振り返った。 「水城……」 「こんなとこで1人で寝てんじゃねぇよ、襲われるぞ」 「……なんで」  大きな目を更に大きく見開き、じっと俺を見つめる矢嶋を、兎みたいだなと思いながら。 「なんでだろうな?」  ゆっくりとベンチの正面にまわり、それから地面にドカリと腰をおろしてから、矢嶋の髪に指先を伸ばした。 「お前の行く先なんて、お見通しなんだよ」  指先が髪に触れた瞬間。 「なんで……」  矢嶋の両目から、ぼたぼたと涙が溢れこぼれ落ちた。 「俺はもう……水城の所には帰らない」 「帰らないったって、お前の家はあそこだろ」  首を傾げ、矢嶋の頭をくしゃりと撫でると、矢嶋はしゃくりあげてなお泣いた。 「ひ、引っ越す、から」 「なんで」 「も、やだ、から」 「なんで」 「辛い……」 「……なんで」 「し、質問、するなっ……」 「なんで?」  それまで下を向いていた矢嶋が顔を上げ、涙をボロボロ流しながら俺をキッと睨みつけた。 「ずっと……俺はずっと、水城の事が、好きなんだよっ!」  髪を撫でていた手を止め、俺は矢嶋の涙を見つめた。  ぽたり、ぽたりと頬を伝い顎からこぼれ落ちた雫は固くにぎりしめた矢嶋の拳に落ちては滲んでゆく。
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