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矢嶋の部屋を覗けば荷物が減った形跡もないし、あいつの性格上、一人で見知らぬ土地へ行くとは思えない。
(そういやアイツ、バイトは大丈夫なのか)
大学に入ってからシェア生活を始めた矢嶋と俺は、仕送りに助けられているとはいえ生活費の為にもバイトはかかせない。
飲食店勤めの矢嶋なんて、夏のこのクソ忙しい時期に欠勤なんて続いたらクビになるだろ。
あいつ、ボヤッとしてるしな。
矢嶋のスマホに電話しても全く繋がらず、留守電にもならない。俺は盛大に舌打ちをしてから、別の番号を押した。
『もしもしー』
毎度の事だが、こいつののん気な第一声に脱力する。
矢嶋のバイト仲間の青木。同じ歳ということもあって、矢嶋つながりで俺も連絡先の交換をする程度の仲になっている。
『水城からかけてくるなんて珍しいね、どしたのー?』
「青木、お前今日バイト?」
『うん、夜から入ってるよ。食べにくる?』
「いや、矢嶋と一緒に入ってるかと思ってさ」
さりげなく矢嶋のシフト状況を確認しようと思っていた俺は、意外な回答に一瞬言葉を失った。
『何いってんの水城。矢嶋うち辞めたじゃん……て、あれ?聞いてないの?』
聞いてねーよ。
「いつの話だよ」
『最近だよ、先週頭だったかな。てかなにそれ、矢嶋と会話してないの? 喧嘩でもしたー?』
何かあったのーとしつこい青木の言葉を適当に流し、一方的に電話を切った。
あいつはのほほんとしてる割に勘が鋭いから、つっこまれると面倒だ。
(あいつ、なんで辞めてんだよ)
確かにあの一件からずっと避けられまともに口を聞いてなかった。
そのうちもとに戻るだろうと、軽く考えていたのは俺だけだったのか。
「あー、ったく……くそ」
再び携帯を握り直し、今度は自分のバイト先の番号を押す。
仕込み中の店長に、ばあちゃんが危篤で実家に戻ると伝えると、それは大変だ直ぐに行けと心配までしてくれた。
ゴメン店長、そしてばーちゃん。
やっぱ俺、矢嶋を探しにいく。
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