夏の雨、のち

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「結局家の前まで送ってもらっちゃったな、ありがとう氷川。お前の話が楽しくて、あっという間だったよ」  傘の下から氷川を見上げてお礼を言うと、ほんと近かったなと言いながら氷川はマンションを見上げた。 「へーここがヤッシーんちか。よーし覚えたぞ」 「覚えなくていいし、悪さするなよ」  あっ人聞き悪ぃ!とむくれる氷川に「冗談だよ」と笑い、買い物袋を受取りながら、今度何かお礼するよと言葉を続けた。 「お礼なんていらねーし……あ、じゃあ今もらっちゃおっかなー」 「今?」  両手に買い物袋を提げた姿で氷川を見上げると、傘と氷川の顔が矢嶋の視界を遮るように近付き、次の瞬間には唇が触れていた。  瞬きをする間にそれは離れて、氷川は先程と変わらない笑顔で矢嶋を見下ろしていた。 「じゃーなヤッシー、また明日!」  元気に手を振りながら去っていく氷川の姿を見送りながら、矢嶋はマンションの玄関で棒立ちのまま、固まっていた。  今の、今の、今の、あいつ、俺にキスしなかった?  え、なんで、いくらなんでもふざけすぎじゃないか教師に対して??  冷静になって青ざめた時、エレベーターの到着音とともに、キュッとスニーカーの足音が聞こえた。  慌てて振り返ると、手に傘を二本ぶらさげた水城がエレベーターからでてきたところで、こちらに気付いた水城は眉間にしわをよせ、あからさまに表情を曇らせた。
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