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『悪夢はいつもここから始まる、か』
吐き出すように聴こえた科白に、少女は顔を見上げた。
少女の瞳に見えたのは、水の上から光が射し水面がきらきらと輝いていた。
少女は、自分が水の中に居るのだな…とその時知った。
けれど息苦しいとかは何も感じなかった。
『さあ、起きなさい。私の可愛い・・・』
「 ? 」
『目覚めなさい、私の可愛い・・・。世界が・・・』
「 だ、れ・・・?」
澄んだ声が頭の中に響く。
その声は自分を呼んでいるのだろうけれど、その名前が聞き取れない。
『さあ、お行きなさい。彼が、貴女を待っているわ。私の可愛い愛娘』
開いていた瞳を閉じ、意識を沈めた。
どうやれば良いかなんて覚えていない。
けれど、そうすればいいと心が、身体がそう言っていた。
***
少年は先程連絡を受け、地下牢へと足を進めていた。
何でも管轄する遺跡に突如現れた少女の姿をしたもの、としか聞いていない。
少女の名前も、目的も何一つ解らないと言う。
解っていることは、その少女は記憶喪失、と言うことくらいだ。
馬鹿げている、と少年は思った。
言い逃れるためにそう言う嘘をついたのだろう。
警備兵にそう怒鳴りつけたが、少女は何一つ抵抗することもなく、持っていた武器さえ差しだしたと言う。
取り敢えず、取り調べが終わるまで地下牢へと少女を連れて行ったという。
地下牢はランプの明かりだけの為、暗かった。
聴き慣れない歌声が聞こえて来た。
この地下牢には先程連絡を受けた少女以外いない。
つまり歌を歌ってるのは、その少女と言う訳だ。
足音が聞えたのか、歌声た少し小さくなった。
「誰?」
「 っ 」
暗がりだと言うのに、少女は少年を真正面から見つめていた。
手持ちランプで少女を照らせば、翡翠色の瞳が少年を捕えていた。
髪はランプでも照らしても、漆黒を湛えている。
言葉に詰まったのは、少女が自分の抱えている闇まで見ているのではないかという錯覚に陥ったからだ。
「貴様は記憶がないと言うのは本当なのか?」
「……本当よ。最後に覚えているのは、水に沈んでいた、と言うことくらいよ」
少女は少年から視線を反らした。
少年は首を傾げた。
警備兵の話によれば、『何も覚えていない』と言う事だった。
だが、少女は『覚えているのは、水に沈んでいた』と言った。
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