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「……退院?」 「私も万葉から聞いたんですがね、なんでも風邪を拗らせて肺炎で倒れていたらしいです。」  その言葉を聞くと、亜希は高津の上着の袖をキュッと掴んだ。  罪悪感で胸がぱんぱんに詰まっていく。  ――窒息しそう。  亜希は唇を噛み締めて、苦しげにギュッと眉をひそめる。  そんな亜希の様子を横目に見ると、高津は理事長に先を促した。 「――それで?」 「あ、申し訳ない事ですが、まだ話が出来ていません。」 「そうですか。」  高津が失望の色を露わにすると、理事長は目を泳がせた。 「あ、あの、近日中に話はするつもりでして……。」 「近日中? では、今日は無駄足という事ですね。」 「……いや、あの。」  急にあたふたし始めた父の様子に、万葉が見兼ねて助け船を出す。 「――私が今日するわ。」  そして、席を立ち上がり掛けた高津に座るように促す。 「……次の休み時間に話して、昼前にその結果を伝える。それでどうかしら?」  万葉の言葉に高津は片眉を上げる。 「――あなたが説得すると?」 「ええ、そうよ。でも、結果は分からないわ。久保先生の意向次第。」 「彼の意向次第……ね。」  ――ピリピリしたやり取り。  万葉が婚約を迫ったところで、久保はきっと断固拒否するだろう。  ――決定的な何か。  それが無ければ、久保の心は変わるまい。  高津はちらりと俯いている亜希の様子を眺めた。  ――憂いを帯びた横顔。  ひび割れた硝子のように、亜希の心は今にも崩れてしまいそうに見えた。 「……亜希はどう思う?」  高津の言葉にぴくりと肩が震える。 「――何で私に訊くの?」  亜希が苦しげに答えると、高津はそれまでよりも椅子を深く座り直した。 「……君がカウンセラー室でコーヒーを淹れてくれるって言うなら、待っていても良いかと思ってさ。」  そう言って、亜希のほつれた後れ毛を、一房、耳に掛けてくれる。  甘いムスクの香りがふわりと鼻腔を擽り、久保への罪悪感に苛まれていた心を呪縛から解放してくれる。
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