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「……どうだ?」
――そんな言い方、ズルい。
恨めしそうに高津を見つめる。
答えは一つしか選ばせてくれない癖に。
――あと、二時間半。
それさえ乗り切れば、ひとまず今日は久保と顔を合わせずに済む。
亜希は浮かない顔のままだったが、高津に「分かった」と小さく答える。
「……では、万葉さん。お昼までお待ちしてますね。」
そして、高津はにっこりと笑うとソファーを立ち上がる。
「――さて、話も終わったし、カウンセラー室に行こう。」
万葉が立ち上がり、ドアを開けてくれる。
しかし、亜希は高津の袖を握ったままで、高津と理事長を交互に見つめた。
「ちょっと、待って?」
「どうかしたか?」
「私を連れてきたのって、退職願の事じゃないの?」
「その事なら心配しなくて良いって、言ったはずだが?」
ため息混じりに高津が応える。
「……でも、それを決めるのは、あなたじゃないでしょう?」
亜希がちらりと理事長を見るから、もう一度ため息を吐く。
「――理事長。」
「は、はい。」
「もし、彼女の退職願を処分していないなら、引き渡して貰えませんか?」
「はい、ただいまッ!」
そして、書斎机の重そうな引き出しから、亜希の退職願を取り出すと机に置く。
高津はそれを手にすると、亜希の目の前でビリッと真っ二つに破った。
そして、冷たい笑みを零す。
「君は退職しない。これで、満足か?」
しかし、亜希はまだ浮かない顔をしている。
「……まだ、何か言いたげだな。」
「――今度は、何が望み?」
亜希の問いに理事長や万葉も聞き耳を立てる。
「――望み?」
「私をここへ連れてきて、一体、何をさせたいの?」
亜希の悲痛な声に、いつになく心が揺さ振られる。
しかし、高津は微笑を浮かべるだけで、亜希の冷えきった手を取ると立ち上がりやすいようにエスコートした。
「……直に分かるよ。」
亜希は納得がいかないといった表情をしたが、理事長に一礼をすると、ソファーから立ち上がる。
「……では、良い返事を期待してお待ちしています。」
高津はドアを出る際にそれだけ告げると、不満げな亜希を連れ立って新校舎の階段へと消えていく。
万葉はそれを見送りながら、苦々しげな顔をした。
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