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 休み時間になると、久保は国語科準備室へと入った。  と、背後でトントントンとドアをノックする音がする。 (亜希……?)  そんな幻想に囚われながらもドアを開けると、そこには意外な人物が立っていた。 「……万葉さん?」  普段、事務室に呼び出される事はあっても、万葉自身がここまでやってくる事はあまりない。 「――急にごめんなさい。」 「いえ。……あ、入院の件、何か事務手続きで、へましてました?」  すると、万葉は黙ったまま、首を横に振る。  生徒たちが後ろを通る気配に、本題はなかなか切り出せない。 「立ち話もなんだから、中に入れてくれない?」  その言葉に久保は訝しんで眉を寄せる。 「……何か理事長に言われたんですか?」 「いいえ、言われてないわ。」 「じゃあ、何の用です?」  頑なに国語科準備室に人を入れまいとする姿に、だんだんとムカ腹が立ってくる。 「――用が無ければ門前払いなの?」  あの女は通行手形無しに中に入れるのに。  亜希が部屋に入っても、久保が何も言わない事はもはや学校中の噂で、もちろん万葉の耳にも入っていた。  だから、余計に腹が立ったのだと思う。  万葉は急に久保の肩をトンと両手で強めに押した。 「……ッ?!」  虚を突かれて、久保はバランスを崩し、ドアに片手を掛けたまま尻餅をつく。  その隙に国語科準備室の中に入り込むとすかさず後ろ手にドアとカーテンを閉めた。 「……万葉さん、何をなさるんですか?!」 「……相変わらず、ここは久保先生の聖地扱いなのね。」  突き飛ばされた久保は、服に付いた埃をはたはたと叩いて落とすと、目を三角にする。  その視線は蜂の針のように鋭く突き刺さるようなものだ。  しかし、万葉は負けずに久保を見つめながら、間合いを詰めていく。  そして、ぐっと詰め寄ると、耐え切れなかったのか久保が目を逸らした。  ――間合いは60センチ。  親密になりきれない距離。  それでも、万葉はさらに間合いを詰めるとそっと久保を抱き締めた。  久保の手が嫌がるように、万葉の肩を掴んで来る。  ――それでも。 「――久保先生、私と結婚して。」  願いが届くとは、最初っから思っていない。
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