12

13/23
前へ
/23ページ
次へ
「……婚約のお話なら、正式にお断わりを入れたはずですが。」 「――ええ。進藤さんが好きだからでしょう?」  ぴくりと久保の体が、雷に打たれたみたいに痙攣して強張る。 「……肺炎になるまで風邪を抉らせた原因も、彼女のせい。」 「――亜希は関係ないですよ。診断書を開けて、ご覧になったのでは?」 「いいえ、見てないわ。そんなもの、私には必要なかったから。」  久保は怪訝そうな顔になる。 「――私、あなたの元に駆け付けたのよ。」 「……万葉さんが?」 「ええ。あなたは行く度に、いつも眠っていたけど。」  久保は驚いてあんぐりとした表情になる。 「行方不明の進藤さんを探して、風邪を抉らせて肺炎になって。」  次の授業の始まる予鈴が鳴り響く。 「それでも、進藤さんはあなたの前には現われない。……違う?」  胸元に顔を埋めたままだった万葉がそっと見上げてくる。 「――彼女はあなたを幸せにはしないわ。」  亜希より少し低い声が、胸の奥の一番ナイーブな部分に響く。  教師として、社会人としての仮面が剥がれ、ただの久保 貴俊に戻ってしまう。  ――恋に狂う男に。  久保はそれまで遠慮がちに引き剥がそうとしていた万葉を、力任せに引き剥がした。  そして、怒りを露わにする。 「俺は『幸せかどうか』は、主観的なものだと思っている。少なくともあなたに判断される事じゃない。」  そして、万葉の横を擦り抜ける。 「――俺の気持ちまで勝手に決め付けないで貰えませんか。」  苛立ちながら、ドアの前のカーテンに手を伸ばす。  万葉は久保の言葉に胸が痛くて堪らなくなった。  ――手を伸ばす。  と、ドンッと背中に伝わってきた衝撃に、久保は目を丸くした。  背中には万葉が張り付くように抱き付いてきていて、胸元に彼女の腕が絡み付いてきている。 「――お願い。『結婚する』って言ってよ。わざわざ棘の道を行く必要はないでしょう?」  ――思い詰めたような声。  久保は短くため息を吐くと、振り返る事もなく首を横に振った。 「――万葉さん、話を終わりにしましょう。……これ以上は平行線みたいだし。」  万葉の片腕を手にして、そっと体から引き剥がす。  そして、半身を翻すと、教師の仮面を被り直す。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加