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「――打算で結婚したところで『幸せ』になれないですよ。いつか破綻します。」
久保の両親がそのいい例だ。
「……地位や金、名誉なんかより、万葉さんの気持ちっていう大事なものがあるでしょう?」
それでも万葉は首を横に振って、離れまいとした。
「打算なんかじゃないわ……。」
たとえ、父親に後押しされていなくても。
たとえ、高津に唆されていなくても。
「――私はあなたが好きよ。」
泣くのは卑怯だと思う。
だけど、苦しくて堪らない。
――すぐ近くにいるのに。
久保の吐息を感じるくらいに傍にいるのに、体が金縛りにあったみたいに動かない。
万葉はそっと久保の頬に手を伸ばす。
それを嫌うように顔を背ける久保に懇願する。
「――お願い、何も聞かずに私と結婚して。」
そう答えると、万葉は暗い表情になった。
「それが、最善なのよ。」
「――最善?」
胸が痛くて、苦しい。
(――あなたを傷つけたくないだけなのに。)
高津と亜希との事を知ったら、きっと久保は傷付く。
そして、何より亜希のせいで傷付く久保を万葉は見たくなかった。
「考えてみて? あなたにだって、悪い話じゃないわ? 私との結婚は出世のチャンスなる。将来の理事を約束されたも同然になるわ。」
甘言を囁いても久保には利かず、ただ首を振るだけだ。
――哀しい。
人魚姫はこんな気持ちだったのだろうか。
彼の心に自分の声は届かない。
「――進藤さんとは、好きだけじゃ一緒に居られないのに。」
「それでも俺は待ちますよ、約束ですから。」
「――約束?」
「……ええ。」
――伝わらない。
涙が込み上げてくる。
何で分かってくれないのか。
視界が滲んでいく。
「彼女はそんな約束なんて覚えてないわ。」
ぴくりと久保が震える。
「――あのヒトはあなたを捨てて、高津さんと一緒にいる事を選ぶような女だもの。」
万葉が呻くように吐露する。
久保は膝から力が抜けて、よろよろとドアに手をついた。
「――今、何て?」
惚けている久保の様子に万葉が畳み掛ける。
「……進藤さんは、高津さんを選んだって言ったのよ。」
その言葉に久保は、万葉の両肩を乱暴に掴んだ。
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