56人が本棚に入れています
本棚に追加
久保は牙を剥き出して高津を睨み付けた。
「――亜希に何をしたんだ。」
高津は微笑みで応酬する。
「――別に、何も。単に亜希はあなたではなく、俺を選んだだけですよ。」
久保の喉は干上がっていき、怒りに声が擦れる。
〈――サヨナラ。〉
夢の中で何度も言われた言葉を思い出す。
「……ふざけるな! あんたが亜希の事を、脅してるんだろう?」
「ふざけてなんていないし、脅してもいないですよ。」
そうで無ければ、あんなに高津に怯えていた亜希が、彼に甘えるような仕草はしないだろう。
「――嘘だ。」
現実が受け容れられない。
「亜希はこんな事するはずがないッ!!」
背中に抱き付いている亜希の締め付けが強くなる。
高津は顔色は、さほど変わらない。
しかし、微笑みは消え、目をすっと細めると久保を睨み見た。
ザワリと心が逆撫でされるような殺気。
「……嘘は吐かない主義だ。」
体に巻かれた亜希の左腕に触れると、宥めるかのように引き寄せる。
その感覚に亜希は右手を解くと高津の影から姿を現してその横に立つ。
「……久保先生、あなたは亜希に何をしてやれる?」
高津の腕を掴む力が強くなる。
「――あなたはそうやって、見えない刃で亜希を傷付けていくんだ。」
言葉と言う刃で、心を切り刻んでいく。
不意にシャツの袖を亜希が引っ張る。
上目遣いに見つめてくる亜希の視線に気が付いて、ちらりとアイコンタクトを取ってから、久保を一瞥した。
それに従って、亜希も久保へと視線を移す。
「――亜希、帰って来いッ!!」
両手を広げる久保の様子に躊躇する。
――帰りたい。
でも、胸が引き裂かれそうに痛くて、高津のシャツの袖に皺が増えていく。
――帰りたくない。
もはや久保の腕の中は、自分にとって安心できるところでは無くなってしまった。
今、久保の腕の中に戻っても、きっとマンションでの日々の二の舞になるだろう。
そして、亜希は高津のさせたかった事を合点する。
『……直に分かる。』
――酷いヒト。
きっとこうなる事も計算づく。
亜希はじっと自分を見つめてくる久保に力なく首を横に振った。
「――久保セン、この人の言ってる事は本当だよ。」
そうポツリと亜希が答える。
――鈴の転がるような声で。
久保は広げていた腕から力が抜けた。
最初のコメントを投稿しよう!