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「――私はあなたの元へは帰らない。」  久保は目を見開いたまま、硬直する。  ――これは誰だ?  ――亜希の格好をした別人?  セミロングの髪も、桜桃のような唇も、いなくなった時と何も変わらないのに。 「――私ね、高津さんと一緒に居ることにしたの。」  無表情のまま、感情の起伏なく淡々と言葉を紡ぐ亜希の気持ちを、久保はその表情から窺い知る事は出来なかった。 「……なぜ。」  擦れた声が、哀しみを誘う。 「一緒にいても、久保センを傷付けるだけ……。」  彼を傷付けたくないと思っていたのに、気が付けば加害者に回っている。  ――最低な女、だ。  それ以上、久保と目を合わせてるのが出来なくて、再び、高津に縋りつく。  カウンセラー室の中なのに、気分は東尋坊の崖に立たされているような心地だ。 「……私ね、久保センには相応しくない。」  大好きな久保の顔が苦痛に歪むのが気配で分かる。  ――そんな顔、しないで。 「……相応しいとか、そんなことはどうだっていいんだ!」  久保が絞りだすように声を掛けてくる。  手を伸ばせば触れられる距離なのに酷く遠い。  亜希は高津の陰に再び身を隠しながら答えた。 「……良くないよ。」  再び見せた亜希は苦渋に満ちた表情に変わっている。 「良くないんだよ、久保セン……。久保センは立派な教師にならなきゃ。」  亜希の表情はいつになく真剣で、久保の心はぐんぐんと冷えていく。 「汚れた私なんかじゃなく、一緒にいるのは万葉さんみたいな人でなきゃダメ。」 (……そんな風に思っていたのか。)  胸が塞がるような心地。 「――亜希はどこも汚れてないよ。」  なるだけ優しく言い聞かせる。 「……気にしなくて良い。あれは、そいつに嵌められただけだろう?」  そう諭してみても、亜希は首を横に振るだけだ。 「それは詭弁だよ。もう一緒にいられないの……。住む世界が変わっちゃったんだよ。」  諦めにも似た表情を亜希は浮かべる。  ――憂いを帯びた表情。  それはぞっとするほど、美しかった。
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