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休み時間になり、久保が出ていった教室では、ひそひそ話があちこちで起きた。
「――久保セン、何か様子が変だったね。」
「……そうかあ? いつも通り、横暴だったぞ?」
「いや、それは小早川が居眠りするからだろ。何か元気無かったな。」
「鈴木ぃ、ついでに元気の無い俺も助けてくんない? 絶対、-5点になる自身あんだけど!」
「……まだテストまで時間あるんだし、試験勉強しなよ。」
新藤がバッタリと机に突っ伏す。
「無理! 久保センの鬼ぃぃぃッ!」
その雄叫びのせいかは分からないが、久保はくしゃみを一つする。
(……誰か、噂してんな。)
くしゅりっと鼻を擦ると職員室の窓の外を眺める。
――今日も一日が終わる。
余りに何も変わらない日常の風景に、鼻の奥がツンと痛くなる。
じわっと辺りが霞む。
久保は逃げ出すように職員室を後にすると、職員用のトイレに逃げ込むようにして入った。
ぼろぼろと涙が頬を伝う。
――亜希が居ない。
胸が張り裂けてしまいそうだ。
――どこを探しても見つからない。
久保は顔を手で覆って、声を上げて泣いた。
――何も変わらない。
朝には日が昇り、夜には日が沈む。
始めから「進藤 亜希」だなんて居なかったのように一日が過ぎていく。
仕事中は泣くまいと思っていたのに、教師の仮面が外れてしまう。
そして、亜希を求めるただの「久保 貴俊」に戻ってしまう。
久保は洗面台に手を付くと、嗚咽にむせながら、蛇口を捻った。
嗚咽が漏れ聞こえないように、ザアザアと水を流す。
――水音が辺りに響く。
一緒に、この想いも流れてしまえば良いのに。
大学への進学の為に離れていた時とは違い、今は亜希が生きているかどうかも定かじゃない。
それで、どうして平静でいられるだろう。
今だって探しに行きたい。
――だけど。
消息を絶った亜希の行方はようとして知れず、探す宛ても無くしてしまった。
(どこに居るんだよ……。)
放課後前のホームルームのチャイムが鳴る。
(戻らなきゃ……。)
しかし、拭っても拭っても涙が溢れてきて、止まりそうにない。
それでも急いで顔を洗うと、びしょびしょの顔を手で拭う。
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