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 一方、カウンセラー室では久保が万葉に支えられても、しばらく脱力していた。 (……行ってしまった。)  閉ざされたドアは、すぐ近くなのに追い掛ける気力が無かった。 (終わった……。)  力が抜けて立てない。 「追い掛けないの?」  万葉が訊ねたが、力なく首を横に振るだけだ。 「……なんであの子なの? 私にしておけば良いじゃない?」  万葉がそう口にする。  それがどこか懐かしい響きに久保には思えた。 「バカみたい。出世の道を蹴って、人生棒にふる気?」  不意に皐月の顔が浮かぶ。 (――ああ。そうか。)  久保はクスリと笑った。 (皐月が言っていたのか。)  そう思い当たると、久保の忍び笑いはクククッと万葉にもはっきり聞こえる笑いに変わった。  そして、これまたはっきりと深いため息を吐く。 (――俺って、本当に成長してないのな。)  万葉は、久保の様子に気でも触れたのかと心配になった。 「……何か、可笑しい事を言ったかしら?」 「あーいや、全く同じことを前に言われたことがあったって思ってさ。」 「前に……?」 「――ああ、五年前。あの頃から俺の亜希馬鹿ぶりは変わらないんだと思えたら笑えたんだ。」 「気でも狂ったかと思った。……って、五年前?!」  万葉が目を丸くする。 「ああ。……気ならとっくに狂ってるよ。」  久保は言葉を詰まらせる。 (……未だに、どうしようもなく愛おしい。)  ――どんなに傷つけて。  ――傷つけられても。 「……五年前って、彼女、学生じゃないの?」 「――そうだよ。俺の教え子だった。」  そして、カウンセラー室の天井を見上げ、目を瞑る。 「……俺はあの子が帰ってくるのを待っていたんだ。この五年間。……ずっと。」  手に入れたと思ったのに、それは砂のように指の隙間を零れていく。  ――もう亜希は戻らない。  そして、久保は亜希に心を捕われたまま、動けなくなるのだろう。  ほろりと万葉は涙を零した。 「――万葉さん?」  久保はくしゃりと笑顔になる。 「なんであなたが泣くんですか?」 「――分かんない。」  頭の中がぐちゃぐちゃだ。
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