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 と、突然、扉が開く。 「――あ! 居た!」  小早川がずかずかと入ってくる。 「久保セン、早くぅ! みんなが帰れないだろう?」 「ああ……。」  顔を上げて、洗面台の鏡を見れば、酷く疲れた顔をした自分が映り込んでいる。  そして、小早川も久保の真っ赤になった目を見ると、ぐっと言葉を詰まらせた。 「……久保セン、泣いてんの?」  小早川の問いに、久保はぎこちなく笑うと、首を横に振る。 「いや、目にゴミが入ったから、顔を洗ってたんだよ。」 「……本当?」 「おう……、心配しなくていい。」  それでも、小早川は戸惑いの表情を隠さなかった。 「久保セン。……本当は具合、まだ良くないの?」 「ん?」 「鈴木も様子が変だって言ってたから。」 「……病み上がりだから、少し疲れて見えたのかもな。」  今はまだ仕事中で単なる「久保 貴俊」に戻るわけにはいかない。 (……こいつらに心配を掛けたいわけじゃない。)  久保は努めて笑顔を作り、苦し紛れの説明をして、しらを切ろうとする。 「――ほら、みんなが待ってるんだろう?」 「……う、うん。」  小早川は戸惑いの表情を浮かべたまま、久保の後ろを雛鳥みたいについてくる。  ――いつから。  自分はこんなに嘘がうまくなったのだろう。  他人だけでなく、自分をも騙せれば良いのに。  しかし、現実はそうはいかず、亜希の姿を追い求めて、時だけが流れていく。  日に日に亜希の面影はおぼろげになり、気配もだんだんと薄れていく。  最後に見た彼女はどんなだったろう。  ――脆く崩れてしまいそうな印象で。  ――哀しげな笑みを浮かべていた。 (俺もこのまま亜希を忘れてしまうんだろうか……。)  ――それが少し怖い。  やがてゴールデンウィークが始まり、授業が休みになると、久保は溜まっていた仕事をするために、休日出勤をした。 「久保先生が職員室で仕事だなんて珍しいですね?」  同じ教科の安東が職員室に入ってくる。 「気分転換ですか?」 「――まあ、そんなところです。」  久保は仕事に復帰してからは、極力、職員室で仕事をするようにしていた。  ――国語科準備室には、亜希との思い出が溢れ過ぎている。 「……あー、そうだ。」  ふと思い出したように安東が振り返る。
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